エレミットとグーリヒア 第十話’’
今、ラーヌヤルヴィが落とした万年筆は、レジスタンスに加わるとき書類にサインをするために閣下が差し出した万年筆だ。閣下はそのまま返すなとそれを私に押しつけたのだ。
なんと言うこともない。ただの万年筆だ。頑丈で書き心地も良く少しばかり値は張るだが、街の雑貨屋に行けばどこでも売っているような。
ただ、閣下から直々にいただいたというだけの、ただの万年筆。
「私の出自については、私自身の口から直接閣下にお伝えしました。閣下が第二スヴェリア公民連邦国をお作りになった理由を考えずに、私がスヴェルフであることを鬼の首を取ったかのように閣下に伝えてみるといいでしょう。君の方が危うくなると思いますよ。私のような部外者がいきなり君の上に立ったことが不愉快なのはよくわかります。だが、」
私は拾い上げた万年筆のペンポイントを覗き込んだ。幸いにも潰れてしまっていないようだ。キャップを閉じてくるくると手の中で回した後、胸ポケットに差して、視線をラーヌヤルヴィに向けた。
「私をあまり舐めないほうがいいですよ、ポルッカ・ラーヌヤルヴィ下佐」
視線を返すようにラーヌヤルヴィは目を細めた。そして、ほぉうと試すような顔になり鼻を鳴らした。
「実力を示していないのにどうやって私を従わせるつもりだ?」
「そういうところです。殺す者、殺される者、どちらにせよ死ぬのは人生の中で一度きり。実戦において実力を示されてからのんびり判断していては遅いのですよ。墓碑銘に“相手が強かったのだ”とでも刻まれたいのですか? 敵に限らず相手の実力を見抜く能力が下佐にはありませんね。そこをつけ込まれるのですよ。だから、軍属ではないイズミさんにも舐められるのです」
「あんなぼんやりした男などに舐められても私は気にもならない。だが、雑魚のくせにのさばるのが不愉快だ。縛り付けて喋らせればいいだけのこと」
「何度も言いますが、それは絶対にやってはいけません。そして、彼を私以上に舐めてはいけませんよ。彼自身だけではなくアニエス中佐も、そしてセシリアさえも含めた彼を取り巻く全てを俯瞰しなさい。時間的な猶予はありませんが、今この瞬間の殺し合いではないのだから」
ラーヌヤルヴィは机から離れると、窓の方へと向かった。砂で黄ばんだ窓ガラスから外を見て遠くに焦点を当て目を細めた。
「知ったことか。黄金が手に入れば何も変わらない。どちらが早くたどり着けるかなど自明の理。時間が無いならなおさら」
「……君が安易な行動に走らないか、私は不安になってきましたね」