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エレミットとグーリヒア 第八話

 そして、背筋を伸ばしたままのウトリオはラーヌヤルヴィの横から低い声で言った。硬い顔の彼の表情は先ほどから変わらない。どうやらラーヌヤルヴィのような蔑みの感情は持ち合わせていないようだ。単なる軍紀に従おうとする彼の性格からだろう。見上げた立派な軍人だ。


 だが、「それはやめておいたほうがいいですよ」と私はウトリオに微笑みかけながらそれを止めた。


 もちろん隠すつもりではなく、きちんとした理由がある。スヴェルフたる私よりも彼自身に不利になりかねないのだ。


 ウトリオは困ったように眉を寄せ、しかし、と詰まりながら両手を前に出した。すると、ラーヌヤルヴィはウトリオの前に左手を出して制止した。


「真実を知られれば閣下に見捨てられると怖じ気づいたか。お前の指示で尉官二人を口封じしても、私は言わせて貰うぞ。閣下を誘拐した根源的な敵性蛮族の輩が偉大なる北公軍の上佐に紛れ込んでいるとな」


 連盟政府の教育を受けてきたはずの北公軍の将校たちはエルフ、共和国に対しては、少なくとも私が北公に来た時点で既に肯定的に捉えていた。あのヘルツシュプリングですらそうであったというのに。(尤も、彼の場合は自分の利権さえ守れることができればエルフかどうかなどどうでもよかっただけかもしれないが)。

 将官ともなれば機密や知識に多く触れる機会が増え、エルフについて知ることが出来たためなのだろう。


 下佐はあくまで無知で哀れなだけだ。半端に出世し下佐という立場に若くして就いたせいでそれを認めると言うことが出来ないのだろう。

 閣下はこれから共和国とも閣下自身が向き合うときが来る。そのときになれば彼女もいずれ知ることになるだろう。

 彼女には、ただ出世のためという強欲な思考は見えない。ただ自らの中にある差別意識に従順なだけなのだ。


「いえいえ、閣下は私の素性などすでに存じ上げておりますよ」


 ラーヌヤルヴィに微笑みかけた。すると彼女は両眉を上げた。


「なんだ、そうか。すでに化けの皮は剥がされていたのか。なるほど、道理で敵地でのわけのわからない黄金探しとかいうドサ回りを減俸組三人と共に任されたのだな。残念だな、お前は出世コースから外れたな」


 そう得意げに言い放った後、口を開けて豪快に笑い出した。


 やれやれ、寛容な姿勢を見せればこうなってしまうのか。

 彼女はどうやって下佐と言う地位に付いたのだ。下佐とは言え、将の下を支える立場。にもかかわらず物事の理由を考えないそ姿勢には呆れかえる。これでは同じ下佐まで降格させられたヘルツシュプリングと変わらないではないか。下佐という地位は、その手が集まってしまう吹溜りなのか。


 だが、ラーヌヤルヴィもヘルツシュプリングも、連盟政府がだらだらと続けた帝政・共和国との長い無戦闘戦争による実害のない被害者の一人なのだろう。


 軍から出て行く兵士がいるが、入ってくる新兵もいて兵の数自体は横ばいだった。だが、時間が経てば、人数は変わらなくともその質は変わる。四十年より以前の実戦を経験した兵士は年老いて、教育する立場に回り、それもやがて入れ替わり実戦を知るものは今では一人もいない。兵士も戦地で死ぬのでは無く、老衰や病気で軟らかく死んでいく者だけになった。

 修羅を抜けた先人により後輩たちを同じ目に遭わせぬようにと作り上げられた教科書が平和な時代で中で単なる読み物となったのは、ある意味先人たちの願いを全うしている。

 しかし、やがて、それをなぞるだけの教育さえもままならなくなったが故に、彼女や彼のような存在が生まれてしまったのだろう。

 私さえも実戦は闇の中のみで、面と向かって対峙することは極めて希。偉そうに言う資格は無いのだが。


「悪いようには如何様にも言えますね。悪く言えば、平和ボケ。肯定的に言えば、新しい時代とでも言うのでしょうね。若々しくていいですね」


「なんだと!?」


 ラーヌヤルヴィは笑うの止めると、再び机を叩いた。先ほどよりも強く、書類やペンが宙を舞った。


「ラーヌヤルヴィ下佐はこのドサ回りの真の意味を理解していないのですね。わからないなら仕方が無い。それに伝えていないこともたくさんあります。まぁいいでしょう。あなたの上官に対する言葉遣いも気にしません。私が寛大だから、ではなく、そんなものはどうでもいいのです。上官として威厳を保とうとしないのは失格ですが、ははは」


 転がり続けていた万年筆が机の角へと向かい、そして床に落ちた。パチパチと軽い音を立て跳ねるのを止めると、床で再び転がりつま先へとぶつかり、そして止まった。


「ですが、そうですね。ただ一つ訂正させて貰いましょう」

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