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勇者の働き方崩壊編 第四話

 この世界の神代よりもさらに前、何千年も前の話。


“良く伸びたアワダチソウの植わる荒野と水底を曇らせるほどのチドメグサが蔓延る湖沼は5人の大工に託された。与えられた大地は広く、5人はそれぞれに自らの理想を求めた。一人は冷たい風をもとめて、一人は太陽を追いかけて、一人はまだ見ぬ荒野の果てをめざし、一人はすべての真ん中に居座った。残りの一人は大海を諦め諸所に散らばる湖沼を回ることを選んだ”


 この世界の創世記はそこから始まる。それ以前のことは一切書かれていない。その5人は突如現れたと語り継がれている。


「イズミさん、この一節は親から子に伝えるので普通なら誰でも言えますよ。子を捨てる親ですら教えるくらいです。言えるはずなんですけどね。やっぱりイズミさんは不思議ですね」


 俺はわずかに口を開けて聞いていたようだ。釈然としていない俺を見たレアは戸惑うような顔で覗き込んでいる。


「そういうのを家庭で教えるあたり、なんかプロパガンダっぽいなぁ」

「まだ続きますよ」


 杖屋の向かいの骨董品店を出て、その店先でシバサキたちを待っている。静かだった骨董品店から音があふれる外へ出ると、雑踏が大きく聞こえる。静けさに慣れた耳には少し多すぎるくらいだ。杖屋のショーウィンドウ越しに、嬉々として連絡アイテムを選ぶシバサキと手をもみもみと商品を奨める店主、困り果てたオージーと興味が他へ移りつつあるアンネリの姿が見えた。あとどれくらいかかるのだろうか。そんなこと考えながら再び語り始めたレアの話に耳を傾けた。



 その5人は跳梁跋扈する草木を次々と従え、数多の土地に恵みをもたらし、大きな家を建て、家族を作り、人を次々と増やしていった。それから時は経ち、いつしか5人の血と記憶が薄れ、そのうちの4人の子孫たちはかつて手を取り合い、世界を創造していっていたことを忘れ、託された荒野と湖沼を我が物にすべく争いを始めた。

 自らの中でも袂を分かち、さまざまな国がいくつもできた。群雄割拠の世は乱れに乱れ、いくつもの国が出来ては消え、出来ては消えてを繰り返していった。


 しかし、争うことに明け暮れ、血を洗うのは同胞の血でしかないと思い込んでいた人々に禍はもたらされた。血に染まる硝煙の立ち上る空を見上げると、そこには大きな竜や空飛ぶ魔物などがひしめいたそうだ。争いが起きればそこに禍が訪れ、敵味方問わず両軍を遥か天空から焼き滅ぼしたそうだ。


 どこからともなく現れる禍はいつも空にあり、それ故に禍の元は空にありとされてきた。そんな中でも禍に屈することなく優雅に空を飛ぶ鳥たちの姿は人々を勇気づけた。そして、祝福の象徴となっていったのだ。それが後世にも脈々と伝わり、祝福と加護を得るために鳥のシンボルを掲げるところは増えていった。


「と言うのが、語り継がれている創世記ですね。その後の長い歴史の中で鳥類信仰はだいぶ薄れていって、一度は完全に廃れました。そこは後で自分で文献探して読んでください。鳥と関係が少ないし勇者とか魔王とかの話で話すと何日かかかるので。あ、簡単な歴史書なら売りますよ? お安くしますよ」


 レアは微笑んだ。さすが商売人だ。こんなところでも抜け目ないな。

 俺はこの世界の歴史を全く知らない。出来るものならここで聞いてしまいたいが、数日かかるのはごめんだ。女神と勇者と魔王の関係もそこで描かれているのだろう。今度フロイデンベルクアカデミアの歴史科専攻の誰かを訪ねてみることにしよう。そういえば、フロイデンベルクアカデミアのシンボルは確かヨタカだったはずだ。シンボルの鳥がわからなくてグリューネバルトに「そんなもんもわからんのか」と詰られたからよく覚えている。親鳥の周りに二匹の雛鳥が描かれていた。


 思い起こせば確かに鳥をシンボルにしているところは多かった。この場で思い出せる中では、フロイデンベルクアカデミアはヨタカ、エイプルトンは白鳥、エノレアはクジャク(とアニエスが言っていたはず)、カルデロンはアホウドリ、シバサキ出禁の店もウミツバメだ。カルモナで見かけたトバイアス・ザカライア商会の看板も大きな鳥が描いてあった。しかし、衰退してしまったはずなのになぜ多いのだろうか。


「じゃなんでまた鳥をシンボルにし始めたの?」


 隣に並ぶレアを見た。すると得意げな顔をした。


「それはですね」



 時代が進んでおよそ220年前、当時の荒野の中央部にあった弱小国家が我こそが二つの宗教の始まりの地、教皇国だと主張し始め、連盟政府発足を宣言した。反対派や分離派との統合戦争で、弱小とは思えないほど戦力は圧倒的で次々と国家を陥落していった。広がる領土に恐れた保守派や中立派も吸収していき、国力をさらに上げていった。


 だが、寒冷地よりもさらに辺境にあったある国が最後まで抵抗したのだ。その国は血統を重んじる国で、5人の大工のうちの一人、冷たい風を求めた者の末裔であることがはっきりしていた。その血族を守るためエンドガミーをし続けていた彼らは、血統もはっきりしない馬の骨に国の行く末の手綱を任せられるかと連盟政府に抵抗し続けていた。

 激しくなる戦いを有利に進めるために、禍すら自らの手中に収めるべく魔術やオカルトである科学技術を駆使して空を飛ぶ術を手に入れていた。それらを駆使してまとまりかけた連盟政府に禍をもたらしたのだ。彼らは『アブローラの夜』と言われる日に技術を駆使し各地を攻撃した。予期せぬ空からの攻撃に連盟の人々は創世記の再来だと恐れをなし、鳥類信仰が再び起こり始めた。空からの前線を無視した内地への攻撃で連盟政府は窮地に立たされたのだ。


 だが戦況は急展開を見せた。


 あるとき、一人の伝書鳩の飼い主が奇妙なことに気が付いたのだ。数日に一度、鳩たちの様子がおかしくなるのだ。ある鳩は目的地への到着が遅れたり、またある鳩は失踪したりと彼の生活には致命的なことばかり起きるのだ。そして、鳩がおかしくなった日の夜に決まってアブローラの夜が訪れ、攻撃を受けることに気が付いたのだ。

 その鳩使いは、伝書鳩をありとあらゆる連盟政府所属の国家へ送りその情報を伝播した。いち早く教皇領に届いた伝書鳩は動物でありながら、飼い主とともに騎士の称号を与えられた。賢い鳩使いの洞察がきっかけとなり、アブローラの夜は完全に予測されるようになった。大きな損害を未然に防ぐために、そして侵攻のために鳩が一役買ったことで鳥類信仰の再燃に拍車をかけた。


 実際のところ、辺境の反対派国家は空を飛ぶために科学技術に頼ることが多く、うまくいかないことが多かったようだ。仕組みを見破られる前こそは、成功率は高くないものの甚大な被害を出せていた。

 しかし、一度見破られてしまうと2度と成功することはなかった。科学技術というオカルトに傾向し過ぎたせいで争いには結果的に負け、五人の末裔でありながらも一族は全員処刑。国家そのものが消滅した。噂では莫大な資産を持って雲隠れした分家が生きているとか。


 その後も人々はさらに鳥類信仰を活性化させていった。そして、空は鳥の聖域となり、飛ぶことは完全に禁忌となった。



「最近の若い人たちはこの近現代史を知らない人が意外と多いんですよね」


 話し終わったレアは伸びをした。ちょうど、どこかへ行っていたククーシュカが目の前を通り過ぎ、杖屋の中へ入っていくのが見えた。


 ククーシュカはカッコウ。

 鳥だ。最初はカッコウが不吉だという話だったことを思い出した。


「じゃあ、なんでカッコウは鳥なのに不吉なの?」


 それを聞いたレアは視線を鋭くして、店内のククーシュカを睨みながら言った。


「カッコウは托卵をするのはご存知ですか? 他の鳥に育てさせるだけならいいのですが、カッコウの雛はどの卵より早く孵化して、目も開かないうちにもともと巣にあった卵を巣から落として殺します。命を自ら育もうとしないのに種を残そうとする狡猾さと、一匹いると巣の崩壊を招くので破滅の象徴と蔑まれています。神格化した鳥類だからこそ誇張されているところもありますけどね」


 狡猾と破滅の象徴とはずいぶん嫌われたものだ。俺にはあの氷河の髪と黄色い瞳がそのようなことをするとは思えなかった。それとも、会ったばかりで本当の姿を知らないだけなのかもしれない。魅力的なその姿に隠された本性があるのだろうか。


「イズミさん、美しい見た目に騙されないでくださいね」


 ふーん、と生返事をした俺をレアが睨み付けてくる。


「いや、そんなんじゃないって」

「そうですか。ならいいんですが」


 レアは再び店内へ視線を戻した。店主の満面の笑みが止まらない様子を見ると、どうやらどれを買うか決まったようだ。買い物もあとは会計を済ませてしまえば終わりだ。もう少しだろう。


「そういえばトバイアス・ザカライ商会の鳥は何なの?」


 そろそろかな、と態勢を整えながらレアに尋ねた。彼女も準備を始めながら答えた。


「うちはジーズという鳥ですね。かつて、とある海で『そこの深さは大工の斧が海底に沈むまでに七年かかる』と教え、その海に入ることを注意した人にやさしい知恵のある大きな鳥です。色々歴史があるんですよ、うちにも。あ、買い物終わったみたいですよ。行きましょう」


 杖屋のドアベルが鳴り、シバサキたちが出てきた。

読んでいただきありがとうございました。

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