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魔法使い(26)と勇者(45) 第五話

 口にタバコを当てると、先端が赤くなった。

 暗くて見えないが壁があるのか寄りかかって煙をくゆらせている。顔の見えない暗闇の中には吸気に合わせて明滅する赤と怪しく光る紫色の眼だけが見えている。


 いきなり何を言い出すのだ。この女は。まず勇者とは何なのだ? というのが顔に出ていたらしい。

俺の間の抜けたかを見た女は鼻筋を上げて、足をパタパタと動かし始めた。

大げさに顎を上げたかと思うと、口からタバコを離し、


「何が何だかわからないって顔してるわね。あんたは人が説明してる時に寝てるし、もぞもぞしてるし、その後も全っ然来ないから説明できなかったの! 勇者ってのは新しいとこの国家資格みたいなものなの! あたしたちみたいな超自然的な存在が管理してる特別な資格よ! あたしたち女神! 神よ、神! 偉いの! なんでいちいち説明させるのよ! ほんっとイラつくわ」


と怒鳴り、3分の2ぐらい残っているタバコを投げ捨て足で消し、そして新しいタバコを箱からだし吸い始めた。


「しばらく魔法使いでもやってなさい。ちなみに、最初使える魔法は焚火起こせるくらいの火が出せるだけね。最初から最強とかそういうのをこれ以上いろいろあげるわけにいかないのよね。自分でスキルアップすればほかにもいろいろ覚えられるし、つづけてればいいことあるから。みんな大好き剣と魔法のファンタジー世界よ。よかったわね」


 女は言い切ると、ハッと鼻を鳴らした。

 俺はそんな世界に来ていたのか。猿轡越しにうぅーと驚きの声を上げてしまった。


 確かに自分のいた場所は元いた場所とは違うところだと言うことには気がついていた。だが、魔法使いという特殊なものが存在していたのか、と思わず興味を持ってしまったのだ。

 しかし、俺はこの女の言うことを無視したので、何かの立場を奪われたようなのだ。元々は勇者という立場だったが、それが魔法使いになったようだ。話を聞く限り、格を下げられたらしい。

 だが、魔法が使えるなど素晴らしいではないか。勇者とか言う使命を与えられそうな立場よりもよほどいいではないか。無責任にも少し安堵した。


だが、自称女神は、


「あ、副作用みたいなので30歳まで童貞ね。魔法使えるって意外とリスク高いのよ。それにこの間人の胸ばっかり見てたしねぇ。ちょうどいいじゃない」


とニタニタ笑い始めた。

 それには思わず今度はンガッと鼻を鳴らしてしまった。先に同意をとれ、納得してから変えてくれ! 人を小馬鹿にしたように言わないでくれ! 童貞で何が悪い。自分から積極的に動こうとしなかっただけだ! と言うと容姿に自信があるのかと言われそうだが。ああ、容姿が悪いからチャンスに恵まれなかったんだよ! ……と言うも卑屈すぎる。ええい、だが、クソ! 何か言い返したい!

 しかし、何か反論したいと考えれば考えるほど虚しくなってくる。それにそもそも猿轡をされているから、言い返すことなど最初から出来ないのだ。

 言い返す言葉もないもどかしさと、初対面のときに寝ぼけていたとはいえ胸をガン見していたことを指摘された恥ずかしさに襲われて、ついに絶望してしまった。


 自称女神は落ち込む俺を無視して話を続けた。


「年一くらいで勇者を集めてやる集会みたいなのあるんだけど、一応参加しなさい。ただの定例会みたいなのでつっ立てれば大丈夫だから。ナメてるように聞こえるかもだけど出席はうるさいから。ルール上は年度単位で役職固定なんだけど、理由さえあれば変更はできるのよ。でも、書類とか書き直すの面倒でそれにプラスして変更時の届け出もあって、おまけに手続きも時間かかるし立場そのままで魔法使いね。特別客員魔法使いみたいな感じ。あんたが勇者ということ込みでもう予算申請しちゃったし。半年前に、ね! それにあたし人事部に嫌いなのいるからあんま行きたくないの。来年度以降どうするかは、まぁ考えとく。あんた次第ね。安心しなさいな。事務的な通知は二、三か月前には通知するから。覚えてたらだけど。クビになってもういっぺん死ぬくらいにしかならないだけ感謝なさいねー。そーなったら書類が一人分減るから楽なんだけどねー」


 今度こそは何を言っているのか本当に理解できない。書類だとか人事だとかまたしても妙に現実的なことを言っていて、唯一完全に理解できたのはいい加減な人事をしているということだけだ。いい加減なのはこの自称女神が所属する組織の人事部ではなくてこの人か。もといこの自称女神だ。


 ところで『特別客員』とはどういうことだ。非常勤の魔法使いとでも言いたいのか。それではほとんど窓際と一緒ではないか。勇者だけど謹慎中だからバイトで魔法使いやってまーすみたいな感じなのか。どっちも中途半端になりそうで、折角夢溢れるファンタジー世界に来たというのに将来の不安が爆発しそうだ。

 女神は自分の用事が済んだのか、暗闇の中に手を伸ばしガガガ、ガリガリッと音を立てスツールを取り出して座り始め、「もう一本吸っていい?」と言い答えてもいないのにタバコを吸いはじめ愚痴をこぼし始めた。


「あんたたち地上でのんのんとすごしているけど、あたしはあたしで毎年人数分更新申請の書類とか出してるんだからね。ホーントやんなっちゃうよ。一人分で山ほどあるんだから。それに一年の評価だから二月中に出すと早いとか言って突っ返されるし。どぉせろくすぽ見もしないでポンポンハンコ押すだけなのに、ね」


 女神の威厳もくそもないただの愚痴をボロボロとこぼしはじめた、まさにそのときだ。

けたたましいベルの音が鳴り響いた。


「あっ、やっべ!」


 その音は日本にいたときに一度だけ聞いたことがある。あれは小学校四年生の時、担任の男性教諭が応接室でこっそりタバコを吸って火災報知機が反応した時だ。

 つまり、女神のタバコの煙にフロアのどこかにある火災報知機に相当するものが反応したようだ。


「換気扇から離れたから火災報知器鳴っちゃった! そういうことだから! じゃっ!」


 もぉ~何が分煙よ、ほとんど禁煙じゃない、とぼやきながらパタパタと駆け足で暗闇の中に消えて行った。

 椅子に縛られたまま取り残されて、しばらく静寂に包まれた。


 よくしゃべる女神がいなくなったせいか、前よりも静かな気がする。その静けさはあまりにも不気味で、それこそがこれから起こることを予言しているような気がしていた。


 空気が徐々に震えだすが、何も聞こえない。だけれどもとても大きな何かが来るのはわかる。皮膚を伝う振動は尋常なものではない。

 次第に音が聞こえはじめた。まだ遠くにあるようだが、まだ音は大きくなる。


 一体何が来るのだ。音はもはや地鳴りもようだ。

 光の差していた場所に突如として青い壁が見えた。


 水。大量の水だ。


 見えた瞬間、椅子と一緒に水に飲み込まれた。溺れる恐怖に眼を力いっぱい閉じて大きく息を吸い込んだ。

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