エレミットとグーリヒア 第六話
北公はエルフの国であるルーア共和国からは遙か遠い。
キューディラ、写真や新聞が世に出始めて、情報伝達の量や質、さらには速度が距離を無視出来るほどまで著しく向上しようとも、彼ら三人が長年受けてきた教育の中においてエルフは醜悪な魔物と同等な存在であり、その無意識には恐怖が刻まれている。
肌は青白くて乾燥した鱗のように逆立ちガサガサで、飛び出した目はギョトギョトとさながらカメレオンのように左右非対称に動き薄気味悪い。頭は後頭部まで禿げあがっていて、残っている髪にはシラミが集り、チリチリボサボサで砂と埃だらけ。骨格から曲がっているように猫背で、崖のような鉤鼻をしていて、耳は細長く、趣味の悪いピアスだらけ。着ている服は廃屋のカーテンのようにボロボロなのに、金でできた髑髏の連なったネックレスをしている――。
一言でまとめれば、知性のかけらもない生物。それがエルフだと教わり、私の血の半分がそれで出来ているとしか見えないのだ。
「エルフかどうかはついでですか。お尋ねである私がどこに所属しているのかについてを確かめるのが本来の目的ではなく、あえて北公の部下たちの前で話すことで私たちに不和をもたらすのが目的のようですね」
さすがは情報整理部、蝶番。
戦いにとどまらず日常においても、情報を多く得ることで先手を取れるが、その実、いいことばかりではない。過剰な情報は多くなるほどに矛盾が生じる。そして、多くなるほどにそのほころびは絡み合い、最終的に全ての信憑性を狂わせる。
さらに情報は得るほどに意思決定の際の選択肢を増やし、それが多ければ多いほどどれが正解なのかわからなくなり、最良のものを選ぶ確率が下がる。
だが、情報の真偽に問わず選択肢が増えたとしても、その時点での正解確率はどれも等しくゼロ。考え抜いた末にこれが良いと思って選んだ選択肢であっても結果は最悪になることもあるし、悪手と判断されたものが最高の結末をもたらすこともある。
正しいがどうかではなく、迷いを生むことを目的として過剰に情報を与えるというのも戦略の一つだ。
混乱を引き起こす可能性が高くなおかつ正しい情報を的確に、そして、最小限に持ち出してくる。使い方が実に情報整理部らしい。
「イズミさんは捜索は共同でとおっしゃいましたので、意図して不和をもたらすようなことはしませんよ。ですが、そちらで起きてしまったものについては私は知りませんよ。それで答えはどうなのですか?」
クロエは待つ気などありもしないのに、小首をかしげて私の答えを待っている。
嘘をついても仕方が無い。私は跳ね橋だが、ロフリーナのマスターのように真実を覆い隠しきる器用なことは出来ないのだ。