エレミットとグーリヒア 第一話
「ラーヌヤルヴィ下佐、ウトリオ上尉、ユカライネン下尉、それぞれ報告を」
私たち北公からの調査団は、酒場の廃屋から数軒離れたところにある損壊の激しくない元宿屋を拠点としていた。小さな二階建てであり、上の階にある部屋を各人の個室に、下の階にあるロビーを作戦本部、食堂を倉庫とし、片付けた後に連絡手段、武器弾薬などの設備を整えた。
私はロビーの入り口から入って正面におかれた事務机(宿屋のカウンター裏にあったもの)の椅子に腰掛て三人を促すと、横一列に並んで姿勢を正しはっと敬礼をし報告を始めた。
まずはラーヌヤルヴィ下佐から昨日の酒場廃屋での集会についての報告だった。下佐の言葉を借りてそのまま言うとすれば、あちこちから有象無象の勢力がわらわらと集まりだし、それから一騒動あった後にイズミさんが「ここにいる者たちで黄金捜索共同戦線を張る」と寝ぼけた説明をしたそうだ。
終わった後に彼女は何かを言いたそうに唇を歪めていた。まずは報告だけとにらみをきかせて彼女の意見は聞かずに、尉官に順番を回した。
ウトリオ上尉、ユカライネン下尉は、本来無いはずの緊急の報告をした。昨夜遅くにされた村中央部での商会・協会・イズミさんの密会についてだった。二人はどうやら地獄耳のようで、会話の内容を事細かに、ほぼ一字一句漏らさずに伝えてきた。
それから数分で報告を終えた二人を下がらせた。
なるほど、面白いことになっているではないか。両肘を付き、掌で口元押さえて目をつぶった。
早朝のクライナ・シーニャトチカ無人エリアはとても静かだ。季節も本来の真冬のシーズンを過ぎた辺りで、鳥たちのさえずりさえ聞こえない。乾いた風が吹き抜けると家鳴りが響いた。
「通りでノイエブルンベイク再建に商会は積極的なわけなのですね。ああ、それから、モギレフスキー夫妻の生存はここだけに留めておいてください。報告は時期が来てからにしましょう」
「よろしいのですか? 英雄の生存は北公軍の士気が上げられますよ?」
「確かに、ノルデンヴィズ南部戦線を押し上げサント・プラントンまで攻め入るほどに士気は上がります。ですが、戦いに必要なのは人だけではなく、人が多ければ物資も必要。魔力雷管式銃の台頭で火薬が慢性的に足りません。
今の量では戦えないことはないですが、魔力という、人として生きてさえいれば枯渇しないリソースを持つ魔法使いの多くない北公は火薬がとても重要です。続けていればすぐに連盟政府の魔法使いが有利に逆転してしまいます」
そう。だから、今は戦線が停滞させているのだ。
英雄の生存。これは素晴らしい。仮にモギレフスキー夫妻が戦いにはせ参じなくても、公表時期を間違えさえしなければ、北公を勝利へと導く。
それにしても、北公が一時期捉えていたヴィトー金融協会のカミーユ・ヴィトーが来ているのか。彼女を捉えたのは私だ。白々しいな。
「捜索についても、イズミさんはそんなことを考えていたんですか。彼らしいと言えば……」
机に手を置き、掌を重ねた。
話を聞く限り、酒場での集会は酷いものだったのだろう。この三人はヴィトー金融協会の関係者が捕縛されていることは知っていたはずだが、カミーユの名前も知らず面識もなかったことが幸いだったようだ。
商会も協会もイズミさんに抜きん出て近づこうとしている。そして、何よりレア、カミーユ、イズミさんは元々仲間同士。情に動かされる可能性がないとは言い切れない。彼女を拘束した張本人である私だけでなく、この将校三人組までがカミーユと敵対されても困りものだ。
この三人が自ずと気づくまでは黙っておいた方がいいだろう。
「そしてユリナちょ……、先史遺構調査財団の隊長を名乗るユリナという女性は私たちを“不法入国者”と言ったわけですか」
ユリナ長官についてはよく知っている。メレデントにしろマゼルソンにしろ、直近の上司の同僚みたいなものだ。近いなどではない。だが、彼女を“長官”と呼ぶのはやめておこう。共和国でスパイ行為をしていたことは知られてはいるが、長官と関わりを持つほどだと思われると、少々動きにくさが増しそうだ。