黄金蠱毒 第三十五話
その場にいた者全員が静まりかえり互いを探り合うような不穏な空気になりつつあったが、カミュが辺りを警戒して視線だけを左右に動かし始めた。
「さぁ、イズミ。話は終わりました。私、協会にできることはあまりありません。私がここにいる意味は、立場においてはレアの手伝いですが、参加することを強要されたただの人質です。その証拠に、聖なる虹の橋のあの眼鏡女には常に監視されていて身動きがとれません。協会も過剰な監視があると行動に支障を来すと不本意なところがあり抗議したのですが、先ほどお伝えした三機関の件があり、命令という形で動かされているので無意味でした」
「今は大丈夫なのか?」
「今も監視されています――が、どうやら連盟政府ではないようです。仮に今の話を聞かれたとしても、連盟政府直属以外であれば、黄金がどうの、というスタンスは変わらないので」
カミュはそれ以上の言葉は濁し、目を閉じてうんうんと頷くだけだった。連盟政府直属以外であれば問題が無い。つまり、ここにいる二人はどこの組織に対しても足並みを揃えるほど信用などしない、される必要もないと考えているのだ。
その中で唯一、俺たちはこの二人に信用されている。この場に、まるで秘密を共有するかのように呼び出されたので明らかだ。
裏切りという行為は、互いの信用が成り立っていなければ出来ない。全体に対して嘘をつこうが振り回そうが、信用がないので裏切りにはならない。
俺たちが今の話を集会で話してしまえば、俺とこの二人は信用という言葉で修飾された関係であるが故に、それこそが裏切りになってしまう。
俺たちは絶対に言わないと、二人に信用されているのだ。
今聞いている組織は、消去法で言えば北公。そこにはムーバリがいる。彼は切れ者であり、自らの仕事を滞らせるようなことはしない。つまり、言わない。
もし仮に、その聞いている組織が連盟政府の行動を妨害するためにクロエやシバサキに今の話を言ったとしても、見せかけの協力体制をしいた現状で足を引っ張られるのは連盟政府だけではなく、北公を含めた全体なのだ。
小出しにする互いの情報は、その真偽にかかわらず、出来る限り多く手に入れる方が今回に限っては良い。多すぎる情報は混乱をもたらすが、今回の黄金捜索は情報自体が少ないからだ。
互いを信用せず、しかし、その一方で小出しに情報を提供し合うには見せかけの協力体制が最良。故に足を引っ張るような内容を除いた、最低限の情報を共有することができる現状を維持することに誰しもが務めるのだ。
商会も、協会も、連盟政府も、北公も、そして、もちろん、俺たち自身も、だ。
争いを止めるのは信用では無く、牽制。
牽制し合っているが情報を共有するという前向きな関係が築かれたというのは、ある意味、俺の理想ではある。しかし、それも一時的なものだ。維持するのであるならば、やがては共通の敵が必要になる。
カミュがあえて間を開けたのは、妙な勘ぐりのためだろう。彼女は数秒の沈黙の後、再び話を始めた。
「それに、シバサキのポケットマネーでレアが頼まれて彼らを移動魔法でサント・プラントンに送ったので、今夜はこの辺りに連盟政府の人間はいません。シバサキの親衛隊であるナントカ騎士団を連れてこなければいけない、なんで先に連れて来ないんだ、とか何とか、あの眼鏡の女がイライラしながら言っていましたよ。シバサキの都合で私の監視は今はありません。ガバガバですね。そう言っていられるのも今日だけですが」
現在進行中の“スプートニクの帰路”編が全長編の中で一番悲しい話になってしまいました。