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勇者の働き方崩壊編 第一話

 月最後の週末ともなるとどこの町も夜は活気づく。


 ブルンベイクもカルモナもストスリアも、その日が来るとお祭りでもしているのかと言うほど、週末の到来を神に感謝する人で町はあふれかえる。そんな四月末の週末の夜。

 これまで訪れてきた町のどこよりも小さい地方都市であるノルデンヴィズの夜であっても例にもれず騒がしい。中心部の広場周りともなればオルガンかリュートか、それ以外の何かの楽器の演奏があちこちから聞こえてくるほどだ。俺たちは町のはずれの店であるシュペリング・クナイペにいた。ノルデンヴィズに拠点を構えてから、雀の絵が描いてある看板を掲げているその店には何度か訪れていた。町の中心部からだいぶ離れているこの店さえも賑わいを見せている。


 ちなみにではあるが、その店は以前シバサキに灰皿ウィスキーを飲まされたお店ではない。俺が出禁になったわけではないが、手を差し伸べてくれた給仕のあの名前も知らない女の子に嫌な思いをさせてしまったし、俺自身情けない姿を見せてしまい恥ずかしいし、おまけにシバサキの家の隣にあると来たものだから、あの店(に限らずその一帯)には行きづらく顔を出していない。


 その日はたまたまレアの予定が合い、以前から考えていた新規チームメンバーの歓迎会ということでご飯を食べていた。始まって二時間ほどして食べ物も片付いていた。

 レアの休暇中の過ごし方や錬金術師二人のしてきたどうしようもないイタズラの話で盛り上がっていた熱もすっかり収まっている。カミュは自分の髪の毛をくるくる指に巻きつけて、アンネリは眠たそうにあくびをし始めている。その横でオージーは残っていたオイルサーディンの解剖をし始め小さな骨を器用に並べていて、それも終わりそうだ。

 机の上にある汗をかいた空のグラスを見渡し、飽きはじめたみんなの様子をうかがう俺も我慢できないほどの大きなあくびがうっかり出た。誰かが言わないと解散しづらいのだろう。さて、そろそろ解散の雰囲気だな、とテーブルの上に置かれていた水を口につけた瞬間、



ゴンッ



と硬い何かが後頭部にぶつかり、まさに目が飛び出るかのような痛みが走った。

 不意の出来事に水の入っていたコップのふちに前歯をぶつけ、その勢いでぶふっと水を吹き出してしまった。仲間たちのそれぞれに自由にしていた手の動きが止まり俺を見ている。


 それにしても痛い。じんわりとあとからあとから痛みが広がっていく。ひとまずコップをテーブルに置いて、後頭部の叩かれたところを押さえるとわずかに熱い。どうやら腫れたようだ。


 何ごとかと振り向くよりも早く胸ぐらをつかまれた。ぐんと引き寄せられ揺れていた視界が止まると、見える範囲いっぱいに広がった顔は真っ赤になった頬をたずさえており、顎と首筋には不精髭とそり残しがそのまま伸びた少し長い髭が生えている。ソラマメの匂いが鼻の奥を突くと、頭の奥底の不愉快な記憶を呼び起こす。かつていつも嗅いでいたそれは鎧から漂うものだ。視界に隅に見えた剣とその鞘は、おそらく俺の頭を殴ったものだろう。錆だらけのその鞘はよく知っている。


「おまえ、こんなとこでなにやってんだよぉぉぉ!?」


 そのときになって初めて、俺はノルデンヴィズの店で歓迎会を開いたことを後悔した。動向のわからないこの迷惑中年勇者がこの町を拠点にしていることをなぜ考慮しなかったのか。確かに、俺はリーダーになったことで気が大きくなり、誰がいようが知ったこっちゃない、と思っていたのは事実だ。だが、その人だけは忘れるべきではなかった。


 シバサキだ。


 一年前から全く成長の見られない、よく知っているシバサキそのものだ。


 突然上がった大きな声に店内は一瞬にして静まり返り、視線が俺とシバサキに集まった。


「見せモンじゃねーぞ、コラ!」


 注がれている視線を見渡したシバサキが再び怒鳴り声をあげると、客たちは視線を放してそれぞれのほうへ向いて静かになった。いや、静かになったのではない。耳をそばだてているのだ。


「おい、ちょっと来い」


 今度は耳を引っ張った。あまりの痛みに抵抗できずに立ち上がり、そのまま歩みだすシバサキについて行かざるを得なかった。こちらを見向きもせずどこかへ連れていかれた。少し離れたところに着くと、手に持った耳を前に投げた。


「新しい仲間に挨拶しろ!」


 異常に強く耳を引っ張られたときのあの耳の奥が痛くなる感覚でそれどころではない。

 痛む左耳を抑えながら顔を上げると、見覚えのない顔が三人並んでいる。そのうち二人は男性で、一人は女性だった。


 男二人は日本人のような顔をしている。一人は歳を取っていて、もう一人はだいぶ若い。

 老いている方は丸っこい体つきで、満月のように丸い顔に赤い鼻が付いていた。頭も顎もまるで毛が生えている様子が全くないほどに光沢を帯びている。魔術系の職業なのか杖を持っていて、それに顎を乗せて悠然としていた。俺を見ると何かを悟ったかのようにうんうんと笑顔で頷いている。

 若いほうはというと、身長はやや高めで、もう一人とは対照的にかなりの細見だ。黒のインナーの上に赤い上着を着ていて、浅黒い色をした細長い手足をのぞかせている。どこかのアニメで見たことがあるような格好だ。ナイフケースからは二本の柄が見える。傍らに置いてある弓は彼のだろうか。ニタニタとバカにしたような笑いを浮かべ、動物のように落ち着きなく動いている。

 そして、残ったもう一人の女は、分厚い氷が放つ独特なやや青みがかった白い髪をしていて、まるで生命力が薄いかのように肌が白い。そして、春先だというのにわずかな赤みのある黒いコートを着てウシャンカを被っている。蠱惑的に橙の陰を落とす黄色い瞳がこちらを見下ろしている。


「いやー申し訳ないです。ワタベさん。こいつが勝手に行方不明になった例のバカ野郎です。オラ、何してんださっさと挨拶しろ」


 耳の痛みでまだ屈んだまま、俺は再び腰を蹴られた。その様子を見ていた年を取った男は顎を杖から放し、シバサキを止めるように右手を伸ばし、ひらひらと動かしている。


「シバサキくん、暴力は良くないよね。最近の若い子はすぐハラスメントだとか言って逆上しちゃうからね」

「うは、誰ッスか? これ? あれッスか? 例の頭おかしくなって道の途中にいた娘襲って突然逃げ出した人ッスか?」


 若い男の動きがさっきよりも活発になり、俺を覗き込んできた。肌の白い女は興味なさそうに自分の爪を見て何も言わない。


「おい、イズミ。ダメだろちゃんと挨拶しなきゃ」


 そういうとシバサキはまだ中腰の俺を蹴り飛ばした。そして、地面に手を付き四つん這いになった俺の髪の毛を引っ張って顔を無理やり前に向けた。


「シバサキくん、暴力はダメだって。ここでも出禁になってまた一つ伝説が増えてしまうよね。はははは」


 どうやら灰皿ウィスキーの店、ウミツバメ亭はすでに出禁になっていたようだ。

 顔の丸い男は笑いながら再びシバサキを止めるようなしぐさをしているが、本気で止めるつもりはないようだ。その耳障りな、~よね、と言う話し方は、当事者たちを外野から評価をして自分は腕を組んで静観しているような感じがしてどうも不愉快だ。


「アレ? なんかズボン濡れてないッスか? 大丈夫ッスか?」


 落ち着きのない若い男は、先ほど鞘で殴られたときに噴き出した水でぬれたズボンを見つめている。


「ああ、これさっき上司に久しぶりに会えてうれションしたんだよ。これだから根暗は困るんだよなぁ……、ったく紹介してやるよ。ワタベさん、カトウ、ククーシュカだ」


 俺が髪を掴んでいたシバサキの手を強引に引きはがそうとすると、髪の毛を抜くかのようにぶちぶちと引っ張ってきた。丸っこい年寄りがワタベで、若いのがカトウで、残りはククーシュカらしい。顔と名前から察するに、男二人は日本人だろう。またどうしようもなさそうな転生者たちか。ククーシュカ、昔どこかで聞いたことがあるが、そのようなことはとりあえずどうでもいい。とにかくすぐにでも、一刻も早くこの場を去りたい。


「いや、知りませんよ。シバサキ……さん、あんたとは別のチーム作ったんだからもう関係ないですよ」


 シバサキは髪の毛を掴んだまま、顔を近づけてきた。すさまじいアルコール臭でむせそうだ。


「お前、まだそんなこと言ってんのか。あきれ返るな。お前ただの無職だろ?そんなんでリーダーになれるわけないから。あーじゃ仕方ねぇなぁ。お前に騙されて付いてきたかわいそうな連中も仲間にしてやっから。正直にごめんなさいができないだろうから、僕からちゃんと説明してやんよ。お前が立場偽っているってのは」


 投げ捨てるように髪から手を放した。


「シバサキくん、その子をわしらにも紹介してくれないか? 少々足りない人とは聞いているが実際どうなのか、話してみなければわからないよね」

「ワタベさん、気ぃ遣わなくていいんですよ。こいつは本当に頭が足りないやつで殴らないと動かないので。いや殴ってもやらないか。おら自己紹介!」


 今度は首を掴もうとして伸びてきた手首を、俺は反射的に掴んでそのまま立ち上がった。いつまでもやられっ放しは気に食わない。シバサキは動きを予想だにしなかったのか全く抵抗せず、彼の関節は本来動かない方向に力がかかりイテテテと情けない声を出している。腕を振り払おうと暴れるシバサキに構わず挨拶だけした。


「はじめまして、イズミと申します。それではさようなら」


 そのまま折ってしまおうか。それはやりすぎだな。手を放し、その場を離れた。

 すると後ろからがらんがらんと金属が散らばるような音がした。わき目で後ろを見ると、剣と鞘が落ちている。どうやら投げつけようとしたようだ。しかし、距離が届かなかったのかだいぶ後ろの床に落ちていた。


「てめぇ、リーダーに向かって何すんだ、コラ! てめぇのような奴は前代未聞だ! 覚悟しとけよ! 女神さまにチクってやる! 人混みと暗闇には気を付けろよ!? ああ!? コラ! どうなんだ!? ビビったか!? ビビっただろ!」


 今日日創作の中でも聞かなくなったほどの情けなさすぎる捨て台詞だ。どうぞ、ご自由にチクっておくんなまし。俺はもうあんたと関わりたくない。目的を忘れた勇者などただのトラブルメーカーだ。そのまま振り向かずに仲間のいる席へと戻った。


 戻ってきた俺をレアとカミュが心配そうに覗きこんできた。


「イズミ、今のはまさか……。いえ、そんなことより大丈夫ですか?」

「災難でしたね。いてもおかしくはないと思いましたが……。まだあの人の中では仲間だったみたいですね」


 引っ張られた耳にまだかすかに痛みの余韻が残っている。蹴られたところは汚れただけだ。


「ん? ああ、大丈夫。ありがとう。とりあえずお店を出ないか?」


 飽きていただろうし、雰囲気もあまり楽しいものではない。それは俺だけではなく皆同じだったようだ。そうですね、とカミュが頷くとレアもオージーもアンネリもそそくさと席を立った。そして、会計を済ませて店を後にした。

 週末は早く帰りたい。そんなわけでその場で解散し、全員を見送った後、俺も家路に就いた。


 そして、家に着くなり呼び出され女神に怒鳴られたのだ。

読んでいただきありがとうございました。

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