黄金蠱毒 第八話
「アニエス、二人の武装を解除してくれないか?」
アニエスは頷くと、イルマとオスカリの二人に武装を解くように指示を出した。及び腰で震えながら杖を構える二人は戸惑いを見せながらも杖を下げた。
俺は杖が腰に仕舞われるの確かめると、隅っこで伸びているポルッカに近寄り、膝を曲げて彼女の様子を覗った。親指で眼瞼を押し上げてみると眼球はすっかり上転している。だが、弱いが脈はあり、浅いが呼吸もありそうなので死んではいなさそうだ。
「あぁあぁ、ユリナは酷いなぁ。ルカちゃん下佐、完全に意識失ってるよ。下手すりゃ死んでたぞ」
ポルッカを安静な場所に移そうと肩に腕を回して抱き上げると、イルマとオスカリが駆け寄ってきたので二人に預けた。ポルッカは二人に抱えられると、近くの椅子に丁寧に座らされていた。
「すまん。ルカちゃんには後で治癒魔法をかけてあげるよ。でも、今はぶっちゃけ黙っててくれた方が話が進めやすそうだ。さてと」
思った以上に険悪な始まり方だ。これからますます平和的な空気ではなくなりそうなので、セシリアを抱っこした。
「どういうことかは後で説明するよ。まだキャストが揃ってないんだ。でも腹の虫が治まらないだろうからカンタ」
「わははははは!」
一段落が付いたかと思ったので話を始めようとすると、今度は地の底から突き上げるような笑い声が響き渡った。今度は何事だと声の方を見ると、ジューリアさんが立ち上がり豪快に笑い出していたのだ。
「捲土重来、迅速果断! 奥様ぁ、ご無礼をォォォ!」
ジューリアさんは両手拳を握りしめ、腰の辺りで構えると再び大声を上げた。明らかに普通の状態では無い彼女の方へ皆の視線が一斉に集まった。彼女は瞳孔が開き、肩で何かを堪えるように息をしている。
すかさず、イルマとオスカリは仕舞っていた杖を素早く構え直し、「止まりなさい!」「動くな!」とジューリアさんの方へと先端を向けた。二人はだいぶ焦っている様子で、先ほどよりも明らかに緊迫して震えており、今度は魔方陣を作り上げる余裕が無い様だ。
イルマはユリナの方をちらりと見ると、「そこの、あなた! 今ユリナと呼ばれていた方です! あなた、その人の指揮官なら今すぐ止めなさい!」と顎をくいくいと動かし警告した。
しかし、ユリナは驚いたような顔でジューリアさんを見ている。それからも、もちろん止める素振りなど見せず、しばらく怪訝にジューリアさんを見た後、あーあーと額を押さえて首を振った。その横でウィンストンは腕を組み、はっはっはと笑っている。
ジューリアさんは再び狂ったように笑い出すと二人に向けられている杖など気にもせず床を強く蹴った。そして、助走を付けて高く飛び上がり、入ってきたところとは違う木製の裏手のドアの前に両足で着地をすると、その勢いのままドアを右手拳で思い切り殴り飛ばした。
ジューリアさんの強烈な拳に、古くなり脆いドアは為す術無く木っ端みじんに砕け散った。その拳の強さたるや、ドアなど灰塵に帰してにしてしまったかのような大量の埃を宙に舞い上げている。
だが、戦いの勢いは衰えることなく、埃煙の向こう側から今度は声質の違う、だがどこかで聞いたことのある怒号が聞こえ始めたのだ。
「いるッ、いるいるいるッ! 感じる! そこに強者がいるのを感じる! 私に負けた番犬が! 強く哮る猟犬がァァァ!」