黄金蠱毒 第七話
「ここだ」
酒場の蝶番の外れかけたドアを開ける、というよりもほとんど退けるように動かすと、店内に四角く光が差し込み、影が地面に映った。
すでに誰かが来ているようだった。埃の匂いに混じって、火の気のないはずの部屋の奥から煙の匂いがして喉に貼り付いた。
橙に光る点が見えたのでそちらへ目をこらすと、ユリナとジューリアさんとウィンストンの三人の姿が見えた。どうやら共和国組が一番乗りのようだ。ユリナは足をテーブルの上に載せてタバコを吸っている。ジューリアさんはテーブルに肘をつき口を押さえ、ウィンストンは腕を組んで目をつぶっている。
中にいた人影に気がついたイルマとオスカリが杖を素早く構えて両サイドから前に出ると、「イズミさん、下がって!」と俺たちを押し退けた。二人は右手を前にかざし、低い体勢を取り、それぞれに魔方陣を杖先に展開している。
相手はユリナだ。彼女に好戦的な姿勢を見せてしまうと、それを握り潰すかの如く問答無用でぶっ放しかねないのだ。
「大丈夫だ。あれは俺が呼んだんだ。黄金探しの協力者だ」
俺は二人に杖を下ろすように言ったが、暗がりに目をこらしたまま杖を下ろそうとはしなかった。
次第に目が慣れてくるとユリナたちの姿がはっきりと見え始めた。ユリナが足を乗せているテーブルには彼女のガマズミの杖が載せられていて、その杖は常にユリナの身体に触れている状態だ。彼女ならやろうと思えば、その体勢でも魔法を放てる。
「おーす、緊急の要件って何だ? いやおい、なんだ? そいつら、赤いのと似たような服着てんじゃねぇか」
ユリナは軽い口調でそう言ったが、暗がりで光る眼はすでに笑っていない。タバコをつまみ上げると、隣にいたウィンストンが灰皿を出した。
尋ねられた二人は困ったように顔を見合わせた。しかし、困り果てている尉官二人が押し退けられると、ポルッカが前へと出て仁王立ちになり「貴様ら何者だ?」とユリナたちに尋ねた。彼女は杖を持たず、顎を上げてユリナたちを見下している。
杖を構える二人の後ろから突然出てきた女に高圧的な問いかけをされたユリナは、片眉を上げて「ああ?」と押し返すように答えた。彼女からはすでに殺気が満ち始めている。
「私らは……民間の先史遺構調査財団だよ。そこにいる三人と一緒にこの辺の調査をしてんだ。で、お前らなんだよ?」
「答える義務はな」「さっさと名乗れや、ハンパ白髪ァ!」
ユリナがテーブルの上に置いてあったガマズミの杖に踵を落とすと、木を打つ硬い音と共にガマズミの杖先から青白い閃光を繰り出してポルッカにぶつけた。するとポルッカは煙を上げながら五メートルほど吹き飛ばされ、石壁にたたき付けられると気を失ってしまった。
「先に教えてやったんだ。自己紹介ぐらいしろや。こんにちはが言えねぇクズはすっこんでろ。おい、くりくり茶髪女! どこのどいつだ? てめぇが代わりに答えろ」
足先で杖の向きをイルマの方へと向けた。いらつき始めた様子で、テーブルを指で弾き始めている。
「わ、私たちは第二スヴェリア公民連邦国、旧イングマール自治領統括軍で、です」
「あー、来たのか。そうか。お疲れ。じゃ回れ右してさっさと北に帰れ。不法入国者」
「そ、そういうわけには!」
「なんだァ? なんか用事あんのか? まさか黄金探しに来たってワケじゃないよな?」
「たい、隊長からはそう伺っています」
ユリナは指でテーブルを叩くのをやめた。そして、髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き上げながら「はいはいハイハイですよね。知ってます知ってます」と言って足をテーブルから下ろし椅子に深く座り直した。
「だー、あんだよ、イズミ。これどういうこったよ? 北公も黄金探してるのは聞いてたぜ? でも、なんでわざわざ引き合わせるんだよ?」
「色々あるんだよ。とりあえず入らせて貰う」