黄金蠱毒 第五話
その瞬間、無言を貫いていたポルッカが眼を刮目した。そして、素早く右腰の杖を抜いて目の前に来ると両手で持ち天に掲げた。
空を切る音と共に振り下ろされた杖に反応し逆手で杖を抜き受け止めると、擦れあう杖からはちりちりと橙に火花が散った。ポルッカはそれらを舐めるかのように杖に顔を沿わせてゆっくりと近づけてきた。
その顔は確かに笑っているが、怒りに満ち震える表情筋を堪えるような不気味なものになっている。
「なぁ久しぶりだな、怪賢者様ァ。息災でやっていたか? ノルデンヴィズの飯屋では私を良くもコケにしてくれたな。今はムーバリ上佐の、いや上官の指示だから従ってやるんだぞ? あの男も信用ならんのだがな。ポッと出のくせに私より上の立場だとは度し難い」
逆手の関節を回し掌で押し返すように持ちかえると、ギリギリと杖同士が強くこすれた。冷たい肌座りの杖が掌に食い込む感覚が強くなると、ポルッカの杖がずれ動きまたしても火花が散った。彼女は相当お怒りのご様子だ。
このポルッカという女についての第一印象は、とても滑稽なものが心の中に焼き付いてしまっている。ウミツバメ亭で、降伏の合図として差し出した杖を俺の顔に向かって蹴り上げようとしたが間抜けにも出来なかった。(おそらく杖が抵抗したのか、床に貼り付いていたため)。彼女の失態は、容疑者確保という緊迫した状況下だったので一入だった。
そのせいで彼女に対してどこか舐め腐った態度をとってもかまわないのではないかという自分がいる。大人げないとわかってはいたが、言い返さずにはいられない気持ちになってしまったのだ。
受けるだけで押され気味だった杖を押し返しながら、俺は歯を食いしばり笑っているかのような表情を作った。
「素敵なゆるふわパーマのお嬢さんのお名前はポルッカていうんですねェ。あ? ウミツバメ亭じゃ聞けなかったモンな。それにしても髪型と同じくらい可愛いお名前してますね、下佐殿ォ。なんですか、ルカちゃん☆彡とでも呼びましょうか? 魔法少女ちゃんちゃん☆ルカちゃん。少女でもねぇか、ハッ」
「貴様ふざけるなよ? 目上の者に向かっての態度がなってないのではないのか? お前を育てた奴の顔が見てみたいな。私を呼ぶときは下佐殿と恭しく尊敬を込めて呼べ」
ポルッカは押し込む杖の先端の方へ右手をずらしていき、押す力を強くし始めた。
食い込んでくる杖に掌が押され腰が仰け反り足が動きそうになったので、左足を踏み込んで脹ら脛に力を込めて押し返した。
「目上だ? ふざけんなよ。俺は悪いが軍属じゃあない。ましてや生まれも育ちも北公じゃないんだよ。失礼しましたよ、クリーミー・ルカちゃん下佐殿ちゃんチャン。ウミツバメ亭んとき、やせ我慢してたつま先はまだ痛みやがりますか、あ? 爪割れて紫色になってんじゃないの?」
「まだ言うか。誰のおかげでのうのうと平和を享受できてると思ってるんだ? 私が目上と言えば、軍属ですらないお前など目下になるん、だっ!」
押し退けようとしたのか、ポルッカは一瞬力を抜いた。だが、わずかに仰け反り勢いを付けて再び杖をぶつけてきた。俺も負けじとぶつかる間際に前に出るように勢いを付けた。金具と金具がぶつかりあい生じる体内を震わせるような金属音と振動の後に、研磨されて起こる摩擦のすりつぶすような音が響いている。
「あ、あんとき素直に従う俺を全然怪しまなかったから、今ここでドサ回りしてンだよなぁ? リリカルルカちゃんなぁ、へへへ」
「な、なかなかいい芝居だったぞ、怪賢者様ェ。投げ銭でもしてやるよ。お、お前は大道芸人か何かの賢者なのか? ふっ、ふふ」
お互いに余裕を見せつけようとして笑顔を作り、そのまま力み震えながら杖同士を擦り合わせて火花を散らし合っていると、
「二人ともいい加減にしなさい」
と様子を覗って黙っていたアニエスが割り込んできた。