スプートニクの帰路 第四十九話
「だが、私はブルゼイ族を誰よりも研究している自負がある。その私が知らないのは不愉快だね。黄金なんざ知らんが、全くババァの血を滾らせるんじゃないよ。脳梗塞起こしちまいそうだ」
前屈みになり火の付きが悪いライターとタバコに手をかざし風よけを作り、そこに視線を合わせたままそう言った。それを聞いたユリナは、ふーん、と鼻を鳴らし、口角を上げた。そして、「よし、わかった」とぱんと膝を両手で叩いて、立ち上がり出口へと向かっていった。
「はっは、さすがだぜ、エルメンガルト先生。話はついたようだし、私はおいとまするか。久しぶりで募る話もありそうだが私も忙しい身なモンでな。これからはジューリア、ウィンストンの二人とウチの女中たちが先生の護衛につく。
一応、私らは連盟政府にある民間の先史遺構調査財団ってことになってるからそれでよろしく頼むぜ。私も時々顔を出すが、たまーにだろうな。アマランタが欲しけりゃ毎日持ってきてやるよ」
「はっ、好きにしな。私はこの本の山ひっくり返さなきゃ行けないんだ。ちょうど良い。とっとと失せな」
エルメンガルトはやっと火が付いたタバコを咥えながら、椅子の背もたれに寄りかかって天井を見上げた。
え、え、とアニエスがユリナとエルメンガルトを交互に見つめながら、ユリナにすがるように手を前に出している。20年ぶりの再会だというのに、あっさりしすぎていることに混乱しているようだ。だが、それは彼女に限ったことでは無い。俺も彼女と同じように驚いてしまったのだ。
ユリナは今もシンヤの傍にいる。そして、エルメンガルトとシンヤとの娘の話は俺が話したことでもう知っている。彼女はエルメンガルトをシンヤに会わせることも可能なはずだ。しかし、その話を一切しなかったのだ。
俺とアニエスが立ち上がれないままでいると、エルメンガルトは天井を向いたまま煙を上げた。そして、
「なぁ、小娘」
とユリナを呼び止めたのだ。
「あいつは、シンヤはどうなったんだ?」
「生きてるよ。あんたのことも覚えてる。確かにな」
背中を向けたまま、ユリナはそう答えた。
「何か言ってたかい?」
「それは会って自分の耳で聞けよ。まだ遠くねぇだろ」
「怖いんだよ。こんなババァになっても怖いモンがあるんだよ」
ユリナは一呼吸置いたあと、
「愛している、とさ」
と答えた。
「まぁ、それから先は自分で聞きな。会いたきゃ、そのときは言え。いつでも会わしてやるよ」
「……そうかい」
エルメンガルトは上を向いたまま深く目をつぶっていた。咥えたタバコの先が赤くなり、灰が伸びて今にも崩れそうになっていた。