スプートニクの帰路 第四十八話
「隠してどうすんだよ。あ、そうだそうだ。ホレ、先生、土産だ。大好きなタバコだぜ?」
ユリナはポケットに手を突っ込むとそこから箱を取り出し、向かいに座るエルメンガルトの膝の上に放った。濃紺色の箱にはくちばしを上げて向かい合うつがいのアホウドリが描かれている。エルメンガルトはそれを受け取ると、そのパッケージの裏や表をしげしげと見つめた。
「ユニオン・……アマランタ? どこの銘柄だい?」
「アルバトロス・オセアノユニオン。あんたがその国の反対側にある砂漠手前で燻ってる内にイスペイネは独立した。あんたの好きなやつも名前が変わったんだ」
エルメンガルトは特に反応はせずに「そうかい」そう言いながら箱から一本取りだして咥えた。そして、「どいつもこいつも戦争戦争。エルフとダラダラやり合ってたのに、まだやるのかい。くだらん世の中だねぇ」と箱の開け口の方をユリナの方に向けて顎を動かした。
しかし、ユリナは右手を小さく挙げて振る仕草を見せて断った。そのまま右手で杖を持ち上げて軽く振り、エルメンガルトが咥えたタバコの先端に小さく火を付けた。
細いタバコは先を橙に変えると、細い糸を天へと伸ばしていった。ヘマ・シルベストレの邸宅にこびりついていた、喉の奥に響いてむせ返りそうな甘い匂いを漂わせた。
エルメンガルトが大きく吸い込むと、彼女の肩が大きく上がった。目をつぶってしまうほどに細めた彼女は、久しぶりのしっかりとしたタバコの味を身体に染みこませるようにしている。
肩の動きが止まるのを見計らったユリナが話を切り出した。
「なぁ先生、私たちは本当に人間じゃないんだ」
「じゃなんなんだい? エルフとでも言うのかい?」
エルメンガルトは鼻と口から真っ白な煙を出しながらそう言った。そして、再び目をつぶると、そのタバコの煙を肺の奥深くまで行き渡らせるかのように胸を膨らませ、大きく一服吸った。
ユリナはエルメンガルトの言葉には何も言わず、ただニヤついた。それを見たエルメンガルトは吸うのを一度止め、組んでいた足をほどき前屈みになりテーブルの上に右手を伸ばした。そして、半分ほどになったタバコの吸い口を親指で弾くように揺らし、置いてあるひびの入った陶器の小皿に落とした。
「頭でも打っちまったのかね。昔から変なヤツだと思ってたが、ついにマジックかパンチドランカーになっちまったか」
「まぁ信じなくていいさ。そもそもそんなこと伝えるためにこんなクライナ・シーニャトチカくんだりまで来たワケじゃねぇ。センセェがどう思おうが、私らに大事なのは、手伝ってくれるかどうかだけだ。昨日の話は了承か?」
エルメンガルトは背もたれに深くもたれると再び足を組んだ。そして、右手で口元を隠すようにしながらタバコを咥え、さらに左腕は右肘の先を触り、腕を組むような仕草を見せた。
「黄金探しか。私の知ったことではないね。勝手におやんな」
「あんだよ、かてぇこというなよ、センセェ」
「黙んな。私には関係ないことだ」
早くも一本目はエルメンガルトの人差し指と中指の合間に消えつつあった。指が火傷しそうなほど短くなるまで嗜んだ彼女は焦げ始めたフィルターを灰皿に押しつけると、箱から二本目を取り出し咥えた。
またしてもユリナは火を付けようとして杖に手をかけたが、エルメンガルトは右手を動かしてそれをさせなかった。ポケットから魔石ライターを取り出すと、自らの手で火を付けようとした。
しかし、火付きが悪く何度かカチカチと音を鳴らしていた。