スプートニクの帰路 第四十五話
「おい、どこ行くんだよ? 前の車両の連中助けないのか?」
「大丈夫だろ。連れてきたのは私の儀仗部隊じゃねえ。チッタカタッタのクソザコなんかいねぇよ。まぁ、ケガ人は出てるっぽいから後でおめぇが治癒魔法掛けてやれ。……そういや、昔、池で飼ってたメダカをヤゴに食われたっけなぁ」
ユリナは鼻歌を歌いながら、少しくぼんでいる場所へと向かっていった。その間も兵士たちは撃っては逃げを繰り返している。俺は彼らを助けなければと思い魔法を唱えようとしたが、遠距離から魔法を唱えると必然的に威力が上がってしまうので兵士たちが危ない。
だが、彼らには装甲車の影以外に隠れるところがなく、その装甲車も玩具のように扱われて翻弄されていて、急がなければ全滅するかもしれない。とにかく距離を詰めて何かしなければと思い、彼らの方へ駆けていった。
横目に見えていたユリナは二、三百メートル離れたところで杖を天に向けて大きく振り回し、何かの魔法を唱え始めた。どうやらくぼんでいた辺りの気温を上げて蜃気楼を立ち上らせているようだ。
みるみるうちに地面から光が溢れだし、それはまるでくぼんだところに水辺でもあるかのように錯覚した。やがて蜃気楼も大きくなり始めると、トンボたちがそちらを注目し始めたのだ。装甲車を襲い転がしていたトンボたちの顔がかくかくと動き出しユリナの方を見ると攻撃を止めて、そちらへと集まっていった。
そして、ユリナの上空に飛んでいたトンボたちが集まり旋回し始めたそのとき、強烈な閃光と熱が顔に当たり、遅れて地響きが起きた。熱と閃光を防ぐように上げた腕を下ろすと、次々とトンボが落ちていく光景が目に入った。ユリナはトンボたちを一撃で片付けてしまったのだ。そして、「ヒャァハハハハ! シー○キン一丁ォォォォ!」と杖を持ったまま両手を挙げてヒステリックに笑い声を上げた。
自ら上げた爆煙の逆光とキノコ雲の前で杖を掲げて狂喜乱舞しているおぞましい姿にあっけにとられてしまい、立ち止まり口を開けたまま彼女を眺めてしまっていた。しかし、俺たちが乗っていた装甲車に止まり唯一大人しく前肢を舐めていたトンボがその光景に驚いたのか、装甲車を掴んだまま突然飛び立ってしまったのだ。
「あ、やっべ、やっべ、やべぇやべぇ!」
踵を返して駆け寄ったが、トンボの跳躍力は素早くみるみる高く飛び上がっていく。大きな翅の巻き起こす風で立ち上る砂埃が強くなり近づけなくなっているうちに、もはや遠距離から魔法で狙うしかないほどに天高く登ってしまった。しかし、やはり離れた位置から魔法を撃つわけにもいかない。乗っている者の中に抵抗する術を持っているのは誰一人いない。このままではどこかへ連れ去られてしまう。
銃は手元にないし、そもそも共和国の魔法射出式では通用しない。となると強めの魔法以外にやる方法がないのだ。集中して魔方陣を杖先に展開して、最大限に制御しながら装甲車を掴んでいるトンボの足を狙った。