スプートニクの帰路 第三十五話
翌日、俺たちはクライナ・シーニャトチカからさらに東へと向かい、荒涼と広がる砂漠の手前にいた。ここは書類の上ではもう連盟政府の領土ではない。その代わり、理由は不明だが連盟政府に禁足地と指定されているらしい。
おそらく連盟政府の端であることを示す朽ちかけの木の杭が刺さっていた場所からさらに進み、前日にユリナから連絡を受けた集合場所に着いた。
これまでの道なき道乗りは乾いた砂と生えていた枯れ草で凸凹が激しかったが、その一帯だけは妙に地面がならされていたので集合場所であると言うことにはすぐに気がつくことができた。
土と枯れ草だけの場所に忽然と黒い何かで出来た道が延々と視界の右から左へと伸びている。足で叩くように踏みつけると、たむたむと音を響かせるような感触があった。その感覚は懐かしく、まるでアスファルトを踏みしめているようだ。
「ここで合ってんのか? 来れば分かる、なだらかなところ、みたいなことを言ってたけど」
「ええ、たぶん。ユリナさんもジューリアさんもそう言ってましたし……」
静まりかえると、風が吹き抜けた。砂埃は起きないが、目にゴミが入るような気がしたので、瞬きを繰り返していた。
突然、ふしっ、とセシリアがくしゃみをした。その後に鼻を思い切り吸った後、小さなミトンで鼻をぐしぐし擦ってしまった。それを見たアニエスは、あら、あらといいながらハンカチを取り出してセシリアの鼻を拭おうとした。しかし、セシリアはむいーっと声を出してその手を押しのけた。
「やだ」
「ダメよ。汚いじゃないの」
「やらー!」
「こらー、セシリア、汚いぞ。もう抱っこしてやんないぞ」
セシリアはそう言うといつもなら、やだやだ、と駄々をこねて泣き出すのだがその日は反応が違った。「ちがう! 変な音するの! あっち!」と言って地平線の先を指さしたのだ。
俺たちは彼女の指の先を追うようにそちらへ振り向いたが、何も見えない。乾き緩やかに波打つ砂漠に真冬の蜃気楼が揺れているだけだ。
アニエスの顔を覗って見たが、彼女は困ったように眉を寄せて首を左右に振った。彼女にも何も聞こえていないし見えていないようだ。
「こっち来てる! あれ! あれだよ!」
セシリアはさらに何かに気がついたようで、鼻を垂らしたまま俺の背後に回り、怯えるように足にしがみついてきた。再びセシリアの指を差した方角に目をこらしてみたが、何も見えない。
しかし、しばらく見つめていると揺らめく蜃気楼の中に一つの小さな点が現れた。目を皿のように細めてみると、その点は次第に大きくなってきたのだ。
視界に何かが入ると同時に大きな音が聞こえ始めていた。やがてその点は線になり、線は太く大きくなっていった。そして、十秒もしないうちにそのやってくる物の形がハッキリと見え始めた。
「あれは――」