マリナ・ジャーナル、ザ・ルーアによる共同取材 その4
「これが後々、フロイデンベルクアカデミアの講師として招かれるきっかけになったのですね」
「まぁ、未だに非常勤ですけど」
それほどの繋がりがありながら未だに臨時、非常勤という不確定な立場への情けなさに思わず笑いがこぼれてしまった。
凄まじい研究成果を出し続けフロイデンベルクアカデミアや各種魔術系の学会へ貢献を特段しているわけではないので、完全に給料泥棒である。シーグバーンのことをとやかく言える立場ではないのが恥ずかしい。
しかし、フロイデンベルクアカデミアで講師という役職に就いているのは、講義やら研究やらをするためではない。
そういうつもりはないと思って(やらなくていいならと言う条件で)役職に就いたが、かつて一度、グリューネバルトにはめられて特別講義なるものをやらされたことがあった。
講義をした経験など、日本で大学に所属していた頃に二、三回ほどしかない。それも学部生夏休み数日前の数合わせのものであり、頭の中はすでに夏休み状態でやる気などない学生を対象にしたものだった。
一方、魔術系三大校の一つと言われるフロイデンベルクアカデミアの学生は、講義に対して『先人の知恵を授かる神聖な儀式である』という並々ならぬ半ば狂気に近い情熱を持っていて、70パーセントが始業前から寝ている日本の大学生とはモチベーションが比較にならないのだ。古典復興運動が活性化したのも頷ける。
すり鉢状の講義室は満漢全席。マイクなどあるわけもなく、後ろの方に座って聴いていた生徒から声が聞こえないと三回ほど言われてしまったり、スライドなど便利な物も無く板書を書くも文字が読めないと言われてしまったりと散々なものだった。おまけに講義内容もくどくなってしまい、一部の変わった生徒からの評価は良かったそうだが、全体的には見ればうまくいくわけもなかった。
終わった後に、グリューネバルトから「聴く奴は聴いている。いちいち構うな」と肩を叩かれた。
もう思い出すのは止めよう。色つき噴水に飛び込みたくなってきた。
では、なぜ俺がフロイデンベルクアカデミアの臨時講師という立場なのかというと、フロイデンベルクアカデミアが校舎を構えている場所に理由がある。ストスリア市街地から北に離れたところに広がるブリーリゾン丘陵に近い場所にあるからなのだ。
だが、これはメディア――しかも大手――に安易に言うわけにはいかない。彼らが何かに気づいていたとしても何も言わずにデラクルスの言葉を待った。
「それにしても、ヒューリライネン夫妻との親交が彼らの学生時代から、というのは意外でしたね。それに、今では錬金術にとどまらず、魔術関連の業界では常識である“発動―作用中間理論”の発見にもあなたが貢献していたとは驚きです。それ以降、お二人と行動を共にすることになったのですか」
「そうですね。彼らと出会ってからもなかなか大変でしたよ。彼らはとても優秀です。でしたけど、ホントに危なっかしいというか……ははは。でも、それでもぼくがしっかり出来ていなかったのがほとんどで、彼らを危ない目に何度も遭わせてしまいましたね」
「あなたの勲章には及びませんが、あなたと同じタイミングで夫妻も別々にユニオンから勲章を貰っていますよね。確か、信天翁金冠勲章でしたか」
「後の二人の技術開発におけるユニオンへの功績を考えれば、彼らも開翼信天翁十二剣付き勲章に値すると思いますけどね」
「ええ、確かに。ですが、当時は体制が代わったり、実質的な戦争のきっかけとなったカルデロン邸内襲撃事件が起きたりで国内はそれどころではありませんでしたからね……」
体制変革とカルデロン邸内事件はユニオンと連盟政府の歴史を大きく塗り替えた。失業率の低下、物流の活性化などユニオン内にはたくさんの利益をもたらした反面、犠牲者が出るような大きな事件も何度かあった。
デラクルスはそれを思い出しているのか、視線を逸らし左右を見た。彼女にも辛いことがあったのだろう。何も言えなくなってしまい、しんみりとした静けさが訪れた。
「まぁ、いいでしょう。その件についてはいずれお話しいただけるのでしょう? 続きの方をお願いします」
その空気を打ち破ったのはデラクルスだった。
「ははは、まるでリクエストですね。ですが、その件も無視は出来ませんからね」
俺も気を取り直し、椅子に深く座り直してコーヒーを飲んだ。
「ヒューリライネン夫妻……まだ当時は結婚はしていませんでしたから、ヒューリライネン氏、ハルストロム氏両名と行動を共にし始めた後、後輩が出来たり、変わった女の子に会ったり……、あと、連盟政府統括官のブレーンにも会うことになりましたね」
後輩はカトウヨシアキのことだ。そういえば、あいつは今何やっているのだろうか。この間会いに行ったときに新しい事業を始めるとか何とか言っていた気がする。元気にやってるから大丈夫だろう。
そして、もう一人。
変わった女の子、あの子のことだ。絶対に忘れてはいけない。忘れられないあの子。
俺と同じ転生者の一人娘だ。出会ってから色々と長い時間をかけた後、あの元勇者の……。
「連盟政府統括官のブレーン、というのは表には出てこない謎の高齢の男ですか?」
あの子を思い出して遠い目になりつつあった俺をデラクルスがホテルの多目的室へと引き戻した。
「彼については統括官ほど多くは語られませんからね」
「ですが、彼は確か統括官に……」
デラクルスは逸るように身体を前にずらし、話に食いついてきた。
彼女が逸る気持ちはよくわかる。その件が戦局に大きく影響を与えたとも言えるからだ。だが、彼はまだ登場してきてもいない。
「ミセス・デラクルス、待ってくださいよ。確かに彼については秘密が多いので、気になるのはわかりますよ。順を追ってキチンと話しますから」
右手を前に出して彼女を落ち着かせた。
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