スプートニクの帰路 第十九話
それから、キューディラジオで流していた“白い山の歌”を文字に書き起こした。
とても長い曲なのだが、その分伴奏も長い。歌詞はヒントにするには短かった。
そこでムーバリは弾かれている楽器であるグスリを見せてくれと提案してきた。
収録時に使っていたグスリはククーシュカのコートの無限ポケットに納められている。だが、この十何年分かの記憶を時間退行により無に帰し、現在ククーシュカではなくセシリアとして歩み始めている彼女はそのコートのポケットの使い方をわからない。(俺とアニエスはそれに気づいていたし、セシリアが不必要にコートとその中身を知ることで何かに巻き込まれることを防ぐために、ただの愛用のコートにしておくことにした)。
しかし、ムーバリの話を聞く限りでは、ベルカとストレルカに襲われたときに出てきたアスプルンド零年式二十二口径魔力雷管式小銃やその銃弾など、無意識で必要な物を取り出せてはいるようだった。あくまで咄嗟に出せた程度であり、意図して必要な物を出すのは今の状況では不可能な様子なので、手元にグスリを出すことは出来なかった。
それをムーバリには楽器がなくなってしまったということにして伝えると、彼は北公の研究施設に壊れた状態ではあるがグスリと楽譜があるので次回持ってくると言った。
セシリアは歌を知らないわけではなく、覚えていない。
わかる範囲での歌詞を聴いたり、それについては話をしたりで何かを思い出す可能性に賭けようとしたが、すでに時間も遅く彼女は眠たそうに大きく頭を振っていて、座っていた椅子から今にも落ちてしまいそうだったので、その日は眠ることになった。
就寝前に俺はムーバリに痛みが出るほど強烈に治癒魔法を掛けた。早く治って欲しい。早く治って出て行って貰いたいのだ。
ムーバリを含めた北公の連中やあの二人組のような連中に攫われるのではないかと思い、セシリアを俺とアニエスでガッチリ挟み込みその日は眠った。安心した様子は見せていたが、少し暑苦しそうだった。
明くる朝、ムーバリは黄金捜索を手伝う三人の部下を連れに行くため基地へ戻ると言った。彼の身体も朝には元通りになっており、以前と変わらない緊張感を全身に取り戻していた。やはり、体力も尋常ではないのだろう。
俺たち三人はクライナ・シーニャトチカのブルゼイ族史の権威に会いに行くと伝えた。ポータルで基地まで送るかと尋ねると、帰りは来た道を下ればいいだけであり、脱走した借りトナカイを探しに行かなければいけないそうなので必要ないそうだ。その代わり、連絡を入れたら基地まで迎えに来てくれと言った。
顔に焦りは見られないが、急いでいる様子なのか、ブルゼイ・ストリカザを背負うと足早にドアへと向かっていった。そこへセシリアが駆け寄ると、来るときに付けていたマフラーを渡した。屈んでセシリアの頭を撫でたムーバリはマフラー受け取り、器用にくるりと巻くとドアを開けた。穏やかな雪がしずしずと舞う雪山道にでるとあっという間に見えなくなった。
俺たちもその足跡が消える前にクライナ・シーニャトチカへと向かうことにした。レアに伝えると、どうやら彼女もしばらくした後に来るようだ。