スプートニクの帰路 第十四話
レアが帰ると小屋は静けさに包まれた。外を風が吹き抜けている音、熱せられた空気がストーブの煙突を通り抜ける低い音と時折薪の弾ける音だけになった。夜になり、吹雪は強くなったようだ。窓ガラスに吹き付ける雪が窓を埋めてしまいそうになっている。
「まだまだだいぶ寒いようですね」
ムーバリは天井を向いたまま、そうつぶやいた。
「おかげさまで」
俺は開け放したままのカーテンの外を見た。横に薙ぐような雪は線のようになり、灰色の空を切り裂いている。
「雪崩に遭いましたよ。噴火の影響も少なくなってきたのでそろそろ気温も上がってくるはずですが、速い雪崩でしたよ。あれは表層雪崩ですね。さすが自殺線の先と言われるだけあります」
ムーバリは軽く笑った。
それを聞くや否や、俺は思わず目をぎょろぎょろ泳がせてしまった。ああ、すまん。多分それ俺のせいだ。
確かに晴れの日は増えて気温は上がっていたが、まだこの辺りは寒さが厳しく雪もよく降る。よって起こるとしたら全層雪崩ではなく表層雪崩なのは確かだが、さらに言えば俺がセシリアとふざけて“雪崩ごっこ”と称して起こしまくっていたせいで、起きやすくなっていたのだ。
だが、俺も一度巻き込まれて罰は受けたのでノーカン、と言うことで黙っておいた。悟られまいと、目をつぶり首を横に曲げた。
「さて、人払いも済みましたね」
ムーバリは笑うのを止めるとソファから起き上がった。まだ痛みはあるようだが、レアがいたときほどではなさそうだ。どうやら彼女の前では重症なふりをしていたようだ。
そして、自分が横たえられていた場所を見て「ソファですか。嫌われたものですね、私も」と言った。
「生憎、ベッドにはセシリアがいる。お前がどれほどの手負いでも彼女のテリトリーはやらん」
「ええ、構いませんよ。さて、いつかしたお話は覚えておいでですか?」
「ルーア、万歳!」
俺は声を上げて背筋をピンと伸ばし足をそろえると、掌を下に向ける帝政ルーア式の敬礼をした。
ムーバリは口を曲げて、突然何を言い出すのだと言わんばかりに目を開いてこちらを見ている。しかし、しばらく黙っていると何かを理解したか、口角を僅かに上げて軽く頷いた。
「……帝国よ、幾久しく。ははは、違いますよ。いったいいつの話ですか、それは」
「もう、イズミさん。そういうのは。ムーバリ上佐、黄金探しについてですよね?」
アニエスが横から出てきた。彼女は黄金の存在について懐疑的だが、そのような物などあるならさっさと渡してしまえばいいと考えているので話を進めようとしているのだろう。
俺もそれには反対ではない。だが、相手がモンタンともなると少し意地の悪いことをしたくなるのだ。アニエスに咎めるようなむぅっとした顔をちらりと見せられると、あまりの申し訳なさに恥ずかしくなった。
「何か進展はありましたか?」
「あったといえばあった。無かったと言えば無かった」
「具体的ではない回答ですね。そうですね。例えば“白い山の歌”の歌い手が見つかったとか」
「ない」
セシリアを巻き込みたくない。彼女の行く末に、これ以上の困難などあってはいけない。歌を教えるだけで充分だ。その一心で咄嗟に答えてしまった。これはただの意地悪ではない。
 




