スプートニクの約束 第十八話
不穏に耳を動かした後、そのオオカミの群れの一匹が走り出した。するとそれを追いかけるようになり他のオオカミたちも逃げ出したのだ。
転んでしまいオオカミに襲われる恐怖で雪の上をのたうち回っていたトナカイも、四つ足でしっかりと立ちあがり山頂の方を一瞥すると、雪を蹴って一目散に森の中へと消えていった。
動物たちがいなくなると、何かが聞こえ始めたのだ。大きな音ではないが、何かがひび割れるような、それか弾けるような音が聞こえた。
私もまるでオオカミたちがしたように斜面の上の方を見上げた。
目を細めても何も見えない。だが、音は確かに聞こえた。大きな何かがゆっくりと動き出すような音だ。
これはまずい。ワッフ音だ。
雪崩が起きてしまう。私たちとオオカミが騒ぎすぎたのだろう。
セシリアも何かを感じ取ったのか、不安な表情で辺りを見回している。
「セシリア、逃げなさい。すぐに雪崩が来る。来た道を戻って森の中へ入りなさい」
「おじさんを一人で置いていけないよ!」
だが、セシリアはすぐには走り出さず、そう言うと上着を強く引き始めた。情けないことに私はあちこち噛まれてしまい出血も多く、動くこともままならなくなってしまった。
ついに雪崩は起きてしまい、白い雪煙を巻き上げながら斜面を滑り降り始めて来た。
「セシリア、君はこの先の道はわかるんだろう? よく聞くんだ。君のすべきことは、雪崩を森でやり過ごした後、家に向かうことだ。そして、君のお父さんとお母さんに“モンタンが雪崩に巻き込まれた”と言えば必ず動いてくれる」
「やらよ! そんなことしたら、おじさん、死んじゃうよ!」
セシリアは首を左右に何度も振り、私を置いて逃げようとはしなかった。
「出来るさ。私はそんな簡単には死なない。君のお父さんと一緒でね」
それでも、涙目になりながら首を左右に振っている。
スパイであり、シロアリと自らもそうとしか思えない、どうしようもない私を見捨てようとしない。
セシリアは本当に優しい子だ。私の知るブルゼイ族ではない。
白い煙の怪物は速度を上げ、私たちを飲み込もうと大きな口を開けて向かって来ている。子どもの足ではもう森に戻ることも間に合わないだろう。
どうしようもなくなってしまったセシリアは目に手をぐしぐしを押しつけ、ひくひくと泣き出してしまった。
「仕方ない子だ」
私は重たい身体を持ち上げ、セシリアを抱きかかえると森へと走った。緩やかな傾斜を抱く雪原のほんの入り口だったはずだが、手負いの身体にはそれさえも無限に感じるほど遠い。
「泣くな! セシリア! 優しい君を絶対に父親に会わせる! その涙はイズミのために取っておけ!」
あと五メートル! だが、雪崩れもあと五メートルで私たちを飲み込んでしまう!
間に合え! 間に合え!
一応、表層雪崩のつもりで書いています。