スプートニクの約束 第十三話
「この程度の出血で、ごほっ、倒れていたら、務まりませんよ」
支える手さえも震えてきて、失血の寒気が訪れ始めた。しかし、なおも揺すり続けるセシリアの小さな手が私の意識をここに引き留めてくれている。
「ベルカ、やっちまいな。ガキを攫ってヅラかるよ」
ため息交じりにストレルカがそう言うと、ベルカが剣を掌で回して持ち直しゆっくりと近づいてきた。そして、目の前まで来ると両手で柄を持ち天に構えた。
「罪なき者は殺すに値しないが、生まれ落ちた者の全てを見れば等しく罪を持つ。汝、白き姫君の膝枕でとこしえに安らげ。安心しろ。オレのシャシュカの切れ味は抜群だ」
「ダメ! やめて! 殺さないで!」
セシリアが私を守ろうとして目の前に立ちはだかっている。私はセシリアの耳元に口を近づけて「大丈夫だ、セシリア。一つ破った分、その他は全部約束は守る」と囁いた。
ベルカが呼吸を刹那に止めシャシュカを光らせた。いざ振り下ろされるその瞬間を迎えると、セシリアは強く目をつぶった。
私は狩る者の放つ一瞬の殺気を逃さず彼女を腕の中へと抱き込み、同時に右手に残された力を全て込めて銃を持ち上げ引き金を握った。
すぐさま魔力雷管が火薬を打ち、そして起こる大きな破裂音が路地を波打つように反響した。驚いた幾羽もの鳥たちがあちこちの路地から一斉に飛び立ち、窓ガラスは音に白く光り震える様子が見えた。
それに遅れるようにしてガンパウダーに焼かれた鉄火の匂いが立ちこめた。私は喉に貼り付く乾きを堪えて、ベルカを強く睨んだ。
突然路地を駆け抜けた大きな音に驚いたベルカはすぐさま距離を取った。そして、身体のあちこちを押さえ、どこか傷ができていないかを確かめている。ベルカはどこにも被弾していなかった。それに気がついたベルカは安堵したようなため息をこぼすと、持っていたシャシュカを握り直した。
「いきなりでけぇ音立ててなんだよ。驚かせんじゃねぇよ、ったく。それにしても、音で攻撃してる割にショボいな。あんだけ軍人がビビってたから大層なモンかと思いきや」
私は銃を天に向けて撃ったのだ。彼もしくは彼女を撃ったのではない。
彼らはまだ銃を知らない。音波による破壊兵器だと勘違いしているのだ。威力が大したことが無いと思い込んだベルカは姿勢を正し、覆い被さるような迫力を帯び始めた。
「……いや、待て。ベルカ。逃げた方がいい」
しかし、ストレルカは怪訝に左右を見回すと、攻撃に移ろうとしたベルカを止めた。