スプートニクの約束 第十二話
「ムーバリおじさん、ご、ごめんなさい。コートから、な、何か、変なのが……」
セシリアは震えながら瞳を覗き込んできた。
その銃をコートで覆い隠すような仕草をしたが、はっきりと見えたその銃はアスプルンド零年式二十二口径魔力雷管式小銃だったのだ。
「なぜ!? 君がなぜこれを持っているんだ!?」
思わず声を上げてしまうと、セシリアは閉じた目尻に涙を浮かべながら、ふるふると首を振っている。
だが、悠長に尋ねている暇などない。二人組に見られないようにしながら確かめると、どうやら銃弾は込められているようだった。
「セシリア、これを貸してくれるかい?」
セシリアの反応を見る前に私は彼女の手から取り上げていた。彼女も手放したかった様子で、すぐに手元に渡ってきた。
小銃に込められている弾は一発だが、敵は二人いる。それも相当な手練れだ。これで状況を一変させるのは賭けかもしれない。
いや、一発でいい。これで私は状況を好転させられる。
銃を隠すようにしながらセシリアに覆い被さり、撃つタイミングを計った。だが、出た血の量も少なくない。撃つ前に意識を失ってしまいそうだ。
震える瞳でセシリアが服を掴んでゆすっている。だが、そのおかげで意識が遠のいていくことはなさそうだ。
「おじさん! ムーバリおじさん! もういいよ! 私が行けばおじさんは死なないですむ!」
「大丈夫だ、私を信じろ」
地面に手をつくと腕を伝う血が地面に赤く広がっていく。足下に出来た血だまりと私の顔を交互に見つめる二人組が憐れみをかけるような眼差しを向けてきた。
「兄ちゃん、諦めなよ。オレたちゃガキを殺しゃしない」
「血もだいぶ出てるじゃねェか。つれェだろ? ガキもそう言ってるんだ」
確かに彼らの言うとおり、諦めて渡してしまえばセシリアの前で私は死ぬことはなく、彼女も少なくとも命は取られない。
だが、それにはセシリアの犠牲があるのだ。
かつてヒューリライネン夫妻の双子誘拐事件の際にラド・デル・マルで私がしたことを考えれば、セシリアの犠牲について語る資格など無いかもしれない。
しかし、あのときはイズミさんがシーヴを選ぶことなどわかりきっていたし、槍を選んでいたら渡した上で問答無用で殺していただろう。私たち諜報部員は個人的であってはいけない。それ故に非情を働いた。自分は自らの行いに誇りがあり、それをしたことで自らを咎めなどしない。
今は状況が異なるのだ。北公の未来という目的のためにセシリアは必要であり、そのために彼女との約束を守らなければいけない。これこそが今において、誇りを持つべき自らの行いだ。
よって、私は諦めない。自らの命を引き換えることなく、約束を果たすのみ。