スプートニクの約束 第八話
「ああ、そうだよ。この辺りを今のところ治めている人の軍に勤めているよ。よく知ってるね」
「ママも同じような服着てる。ママも昔は軍隊にいたって言ってた」
ブルゼイ族が北公の、しかもイングマールの軍服を着ているとはどういうことだ?
ブルゼイ族はスヴェンニーとは昔から相容れない。離反前後に限らず、彼らがスヴェンニーが大半を占める軍隊に所属するとは考えられない。
「それは立派なお母さんだね。お母さんについてもうちょっと教えてくれるかな」
「ママはほんとうのママじゃないの。でも……。ご飯を作るのが上手なの。わたしと違って髪の色はきれいに真っ赤で魔法もたくさん使える。遠くにもあっという間に行けるの」
赤い髪、魔法使い、そしておそらく移動魔法……。まさかな。だが、赤と言えるほど赤い髪の魔法使いなど、一人しか心当たりがない。胸騒ぎが収まらない。
「お父さんはどんな人?」
父親の話を尋ねると女の子は顔を上げた。そして、小さな身体を持ち上げて、椅子をがたつかせて膝を乗せてまでテーブルに身を乗り出した。
「パパはね! 優しい人! だからだいすき! いつも遊んでくれるの! ママみたいに勉強しなさいってしつこく言わない! それから、それから、強い魔法がいっぱい使えるの!」
これまでよりも大きな声であふれ出すかのように言うと、生クリームだらけの顔いっぱいに笑顔を浮かべた。甘やかしていそうな父親。……なぜ彼を思い浮かべてしまうのか。
「そうなんだ。パパが大好きなんだね」
元気を取り戻したようになったので微笑みかけながら頬を人差し指で撫でると、女の子はコートの袖でぐしぐしと口回りを拭って歯を出して笑い返してきた。
「二人がどこにいるかわかるかい? ここはノルデンヴィズっていう街なんだけど」
「そんな遠くに来ちゃったんだ……」
満面の笑みだった女の子は再び泣きそうになってしまった。泣いたり笑ったり、忙しい子どもだ。微笑ましい。
「大丈夫だよ。三人でいたところはどんなところかわかる?」
「お空に届きそうなすっごく高い山の上、いつも雪が降ってる。白っぽい緑のとんがった葉っぱの変わった木がいっぱい生えてるところ。いつも曇っててたまに晴れるの。高いところなのはわかるけど、遠くはかすんで見えないの」
「なるほどね」
この子が思っているとおりのブルゼイ族なら、おそらく東側の砂漠ではないだろうかと見当を付けていた。
しかし、雪があると言ったのだ。
ここから東に向かった地域はもう乾燥している。東寄りで考えて雪があるとすればヒミンビョルグからの連山にある万年雪エリアだが、“お空に届きそうなすっごく高い”と言えるほどのヒミンビョルグ級の山はない。
そして、もう一つのヒントであるシルバーグリーンの尖った葉っぱは、おそらく変位種のトウヒのことだろう。プンゲンストウヒの生息エリアを考えると、東よりもむしろ真北側になる。
ブルンベイク周辺のヒミンビョルグの麓周辺ではないだろうか?
となると、場所はだいぶ絞られた。
「そうなんだ。おじさんね、何となく場所はわかったんだけど、その場所がちょっと広くてわからないんだ。だから、一緒に行っても良いかな?」
女の子は黙って顎を引いた。覗き込むようになりながら、左右の目をチラチラと動かして様子を伺うと「おじさん、怖いコトしない?」と尋ねてきた。
「しないよ」
「絶対?」と念を押すように上目遣いになったので「絶対!」とその瞳を真っ直ぐ見つめ返した。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。私はムーバリ。ムーバリ・ヒュランデル。君は?」
「セシリア! セシリア・イズミって言うの!」
息が止まるような気がした。だが、堪えて手を差し出した。
「可愛い名前だね。よろしくね、セシリア。少し嬉しいお知らせだけど、私はもしかしたら君の両親と知り合いかもしれないんだ。久しぶりに会ってみたいな。是非に会わなきゃね」
差し出した手に小さな掌が重なった。
とても軟らかい掌だった。私はこの感触を何年先までも覚えていることになるとは思わなかった。