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スプートニクの約束 第六話

 職業会館裏通りでひっそりと佇むこの店は看板を出さない。常緑のアイビーは裏通りの光をさらに遮り、カフェ・ロフリーナを黒い影の中に落としている。


 ロフリーナとはLophorina superba。つまり、カタカケフウチョウだ。スズメ目フウチョウ科のこの鳥は世界で一番黒いと言われる。その鳥の名を冠するに相応しく、この店に名前はあるが黒く覆われているかのようにほとんど知られていない。


 マスターはこの店の名に劣らず、物を語ることはない。


 だが、なぜその寡黙な人物の素性を私が知っているのかというと、彼は元は聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)の私と同じ実戦部隊の跳ね橋(ゲフィラナ)の出身だからだ。


 職務を遂行していた時期に、同じ部隊であっても単独行動が原則の部隊故に機密なのでわからないが、話では何度も聞いたことがある。所属時は情報処理部隊“蝶番(メテセス)”の隊長も兼任し、そちらでも凄まじい成果を上げており歴代最強とも言われていた。


 そのような男がなぜここでカフェのマスターをしているのかは、彼は連盟政府に見切りを付けたからだ。


 ある任務に失敗した女性隊員を処理する任務を遂行していたが、自身が腐敗した連盟政府と決別を図るために、その隊員の追い打ち任務にあえて失敗したそうだ。そのまま本部には戻らずに逃げ出し、趣味だった料理を元にしてここでカフェを始めたらしい。

 しかし、その女性隊員は後に負傷により衰弱死した。ある意味、任務は最後まで完全にこなして去ったのである。


 その強さと賢さゆえに、連盟政府中枢も容易に手を出すことが出来ず、なおかつここで粛々とカフェを営んでいるだけなので誰も追いかけては来なかったらしい。場所柄、店での秘密のやりとりが多いことに目を付けた政府側が情報提供を条件に恩赦を出そうとしたが、手段は聞いていないが拒否したらしい。一時期、裏通りのドブに身元不明の死体が浮かぶことがあったそうだ。

 彼の手からする血の臭いは、料理上手という理由だけではないのだ。


 北公が離反する少し前に現れた私をすぐに何者であるかわかったようで、だいぶ警戒もされた。だが、離反後にもなお自然に現れるのを見てただの支柱ではないと認めてくれているようだ。

 マスターは現役当時から尋問されたとしても口を割らないというのは、後輩である私が知るほどに有名だ。それ故にここ、カフェ・ロフリーナは密談には最適なのだ。何にせよ知っていることを詰問すれば、聞き出せないどころか、そのある種の安寧の場所を自ら壊すことになる。いや、壊れるのは自分自身か。


「そうですか。ありがとうございます。寝起きはぐずついてしまうかもしれないので助かります」




 それから十五分ほど経った頃合いだろうか。女の子を向かいの椅子にかけさせてコーヒーを飲みながら様子を覗っていると、マスターがビーネンシュティヒとオレンジジュースを運んできた。

 どうやら目を覚ますタイミングが訪れたようだ。向かいでぐったりと座っていた女の子は居心地の悪そうな表情を浮かべてもぞもぞと動き出し、そしてゆっくりと目を開けた。


「起きたかい?」


 女の子は声をかけると飛び起きるようになり、首を左右に振り大きく見回した。

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