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スプートニクの約束 第三話

「おにいさん、いったい何の用だい? こそこそつけ回すたぁ趣味が悪いんじゃないのかい?」


 男の方がそう言うと、女の方が前に一歩出た。そして、腰に手を当て上体を屈ませると覗き込むようになった。


「おや、なかなかいい男じャないか。白い肌……、スヴェンニーだね?」

「よくおわかりで。あなた方には児童誘拐の疑いがありましてね。いえ、もちろんまだ具体的な取り締まり対象になったわけではありませんよ。無用な疑いを晴らすためにも、お持ちになっている麻袋の中身を検めさせていただけませんか?」


 目を細めて微笑みかけながら尋ねると、男は麻袋を軽く叩いた。


「アンタにゃ関係ないさ。こいつぁ小麦だよ。今は早雪だから売れ筋なんだぜ」


 だが、その仕草も不自然なまでに慎重だった。およそ小麦などではなく、中に何か強く叩いてはいけない物が入っているようだ。


「見せていただけないとなると力尽くで見なければなりません」

「何の権限があるんだい? 馬鹿みたいにデカい楽器ケースの中身はオクトバスでも入ってるのかい? 音楽家さんよ」

「申し遅れました。私、現時点でノルデンヴィズを占領下に置いている北部離反軍の上佐のムーバリ・ヒュランデルと申します。生憎、旅の音楽家ではございません。現在は戦時ですので、治安維持の行動を許されているのです」

「チッ、軍人さんかい。憲兵まがいのことをすると市民に嫌われるぜぇ?」

「市民に好かれる軍人などもとより存在しません。それこそ軍事政権を招くだけです。好かれなくても国を守り抜いてこそ、軍人の鏡です。さて、繰り返します。その大きな麻袋の中身を検めさせていただけますか?」


 繰り返し尋ねると男は面倒くさそうに首を振った。


「言ったろ。小麦だ。守るためでも何でも他人様殺してもおマンマ食ってける軍人さんにゃ関係のない話だ」

「では、撃っても構いませんね。小麦なら白い粉が溢れるだけでしょうし」


 腰から拳銃を取り上げ、撃鉄を上げた。すかさず狙いを定めると引き金に指をかけた。

 すると男はすぐさま両手を挙げた。


「おっと待てよ。そいつがヤベェのは知ってるぜ? 銃ってんだろ? 音で攻撃するあぶねーって噂の武器だろ?」


 しかし、降参した様子ではなく、首をかしげて片眉を上げて笑っている。


「なぁ待て。撃つなよ。食いもんで遊ぶつもりは許さねぇぞ。簡単な取引だ。テメェのその背後の楽器ケースの中身見せてくれよ。デカ過ぎやしねぇか?」


 そう言うと男の方は麻袋を静かに地面に下ろし、両手を挙げた。

 どさりと放らないのは、決して小麦ではないからだ。袋に入っている何かに衝撃が加わらないようにそっと置いている。

 そして、中に入っている者はよほど大事なのだろう。商品を傷つけないようにするつもりか、依頼者に傷を付けるなと指示をされているのか。

 いずれにせよ、丁重に扱われている様子だ。怪我はしていないだろう。


「仕方がありませんね」


 背負っていた大きな楽器ケースを地面に置き、跪いてロックを外して蓋を開けた。大きな蓋は開けられると前方に大きく立ち上がり、視界から二人組を遮った。


「ストレルカ、やれ」

「あいよ」


 二人の声が聞こえると同時にケースの中身と共に真っ直ぐ顔に向かって飛んできた。どうやら前に置いた楽器ケースが思い切り蹴り上げられてしまったようだ。

 ストレルカが繰り出した蹴りの勢いは恐ろしく強く、ケースに収めていた物は蹴られた勢いで暴れだしケースを粉々に砕いてしまった。

 さらに不運にも、手に持っていた二十二口径拳銃も宙を舞い、横を流れていたドブに落ちてしまった。

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