スプートニクの償い 最終話
身体を起こせそうなので、肘を使って起きるとレアとアニエスが並んでこちらを見ていた。眉間に皺を寄せているレアとは対照的に、アニエスは心配そうに瞳を震わせて見ていてくれている。
照れるような感覚があり、視線を逸らすように首を振って顔を掌で擦ると乾燥した感触の後に髭がちくちくと触れた。だいぶ伸びているようだ。
「セシリアが連れて行かれた。いや、待て。俺はどれくらい寝ていた?」
「丸四日です。大丈夫ですか? なんだか、私もこういうのに慣れ始めてしまってます」
「クソ、もう追いかけられないか……」
アニエスはため息を吐き出して、何かを取りにベッドルームを出て行った。
「あなたたちのところはここだと思って訪ねてきたら、雪崩に巻き込まれて、さらに途中であなたは雪に埋もれてるじゃないですか。何があったんですか?」
「俺の隠し子のセシリアが誘拐された」
レアは、はぁ? と言うような顔で近づけてきた。そこへタオルも持って現れたアニエスが付け加えた。
「レアさん、セシリアって小さい女の子が誘拐されたのは事実です。それにその子はイズミさんのことをパパと呼んでいましたし」
アニエスはうまい具合にセシリアがククーシュカであることを隠してくれた。しかし、それを聞いたレアは目玉と首を呆れたようにぐるぐる回している。
「色々言いたいことがありすぎて私は今発狂しそうですよ。ククーシュカさんの件はどうなったんですか? なんで期限過ぎてまで待ってあげたのに連絡をよこさないんですか? そ・れ・に! なんであれだけ使うなっていったのに移動魔法使ったんですか!?」
「レ、レアさん、イズミさんは怪我しているんですから、もう少し優しく……」
「優しくしてますよ、充分! 怪我してなかったら、私が雪山に放り込んで口に雪詰め込んでたくらいですよ!」
「ははは、レアはやっぱり優しいなぁ」
目を細めてレアを見ると、彼女はむきいいと歯茎を出してきた。だが、すぐに肩を落としてため息をついた。
「仕方ないですねぇ、全く。今回は連絡を無視しなかっただけでも良しとしましょうか。幸い、使徒にも商会にも移動魔法の利用はバレていないようですし」
「でさぁ、レアなぁ、ククーシュカの件はもう何とかなったんだ。でも、セシリアの方がややこしくなっちゃったんだよね……」
それを聞くと、レアははっと声を上げて飛び上がった。そして、だんだんと足を鳴らしてすぐ側まで来ると、「まーた期限を延長しろってことですか!?」と怒鳴った。
左様でございます、と丁寧に言うのも申し訳なく、とりあえず笑いながら首をかしげて誤魔化した。そろそろダメだと言われてしまうのではないだろうか、そう思いながら真っ赤になっていくレアを見た。
しかし、やはりレアは優しかった。
キェェェと声を上げて天を見たかと思うと顔を両手でバシバシ叩き始め、「わかりましたよ! さっさと片を付けてください! いえ、もう待ってられません! 私も全面協力するんで三日、いや今日中に何とかしなさい! 怪我は!? 私ので何とかします! ホラ! 上着脱いで! もっとご飯食べて体力付けて! まっっったく!」と絶叫した。それから治癒魔法をかけようとしているのか袖をまくると、ずんずんとベッドに近づいてきた。
だが、そのときだ。
ドアがノック――というよりは強く叩かれた。どんと大きな音がした後、ずるずるとこすれる音がしたのだ。まるで何かがドアにぶつかり、ゆっくり倒れていくような音だった。音に警戒するように、家の中にいた三人で一斉にドアの方を見た。
「誰か来たんですか? ……ここってヒミンビョルグの自殺ラインより先ですよね?」
「さぁな、俺たちがこうしてここにいるんだ。来る物好きがいるんだろう。死に損ないの自殺志願者か? それにしても客が多いな」
「とんとん叩かない感じ、泊めてくださいな、ってワケでも無さそうですね。私が開けましょう。アニエスさんは杖を。イズミさん、あんたも寝っ転がってるだけではダメですよ」
レアはベッドの上の俺に向かって杖を乱暴に放り投げてきた。