スプートニクの償い 第十二話
エルメンガルトは俺とアニエス、それから小さくなったククーシュカを見て、驚きこそしたが何も言わなかった。それどころか、彼女とシンヤの子どもが着ていた服を分けてくれたのだ。大事な思い出が詰まっているのではないかと尋ねたが、娘は生きているのがわかったから、それで充分だそうだ。
セシリアが落ち着きを取り戻すまで、安静にしていたかったが、いつまでもエルメンガルトの世話になるわけにもいかない。セシリアはククーシュカであり、白い山の歌の歌い手であることに変わりは無く、やがては北公を始めとした黄金を求める勢力がここに及ぶ可能性を考慮して、その日のうちにクライナ・シーニャトチカを後にした。
子どもの頃に住んでいた家を探し、そこでセシリアの回復を待ち次第、北公やレアへの報告を行うつもりでいた。
――それから、俺は何をしていたんだ。
ヒミンビョルグに向かう途中、セシリアに少しでもいい物を食べさせようとノルデンヴィズのあのカフェに立ち寄りご飯を食べさせたら、思ったよりも早く落ち着きを取り戻した。そして、ヒミンビョルグで家をすぐに見つけられた。
それなのに、俺は各所への連絡を渋った。三人でいると優しく穏やかな時間が流れてしまい、どうしてもそれが心地よかったからだ。
もっと早く北公やレアに伝えていればこんなことにはならなかったはずだ。
ベルカとストレルカと名乗る二人組にセシリアが誘拐され、二人との戦闘後に雪崩に巻き込まれた。しかし、俺はすぐに誰かに見つけられた。息が詰まりそうな雪を誰かがほじくり返して、俺を雪の中から引き摺り出してくれたのだ。だから、俺は自分が生きていることを知っている。だが、助け出されたことに安堵して、それからすぐに意識を失った。
戻りつつある身体の感覚で最初に戻ってきたのは、視覚でも嗅覚でもなく、吐き気を催すような後悔だった。次いで戻った感覚で身体は温められているのを感じ、脊髄が震えやがて目覚めていくのがわかる。
ゆっくりと目を開けると、ぼやけた視界に天井が見えた。そこを誰かが覗き込んでいる。
アニエスか? いや、違う。彼女なら髪の色はもっと赤かったはずだ。今見えている誰かのそれはピンクに近い。色覚がハッキリして色が見えていないのだろうか。
一度瞬きをすると、視界は元に戻った。
「やあ、初めまして。あんたはいったいどちら様ですか? また五百キロ先まで運んでくれたのかい?」
レアが目の前にいたのだ。俺は笑いかけるようにしながら、右手を小さく挙げてレアにそう言った。起き抜けの右手はまだ鉛を持ち上げるように重たい。
「イズミさん、ふざけんじゃねぇでください。何してるんですか、とか聞くのもバカバカしいですよ、もう」