スプートニクの償い 第十話
――壁に立てかけていた杖に手をかざした。
掌に向かって飛んできてぱしりと収まると、それはいつも以上に軽く手になじむような気がした。ぽっきーなどと安易な名前を付けたが、こいつも気持ちは俺と同じなのではないだろうか。杖に感情があるわけが無いが、長い時間を共に過ごすとそうなのではないか、そんな気がした。
これからすることはこれまで踏みにじってきた命をさらに侮辱することと等しい。
俺はヒーローでも英雄でも、聖職者でもない。過剰な力を与えられてしまった一般人だ。どこまでいってもただの一般人で、平等に世界を見られない目と、不都合なことから閉ざしてしまう耳を通して、このククーシュカという女の不運を見て、聞いてきてしまった。
優しい、これからすることだけを考えれば、そのように言える。だが、エルフ難民の殺害、エスパシオやカストの死亡、それ以外のたくさんの負傷者、これまでの行いを考えれば、俺がアニエスにした、そしてこれからククーシュカにすることは生命そのものへの侮辱だ。
そうだとしても目の前で苦しみ、嘆く者を見捨てることが出来ない。
理由はそれだけだ。
もし俺に、受けるべき罰があるなら甘んじて受けるしかない。そのときになって醜くく許しを請う自らの姿も目に浮かぶ。苦しんでいたのがたまたま俺の前だった、と運が良かったと言われるかもしれない。苦しんでいる人を助けるのに理由はいるのか、と無様に言い訳をする姿も見える。
だが、それでも、なのだ。
ククーシュカの残った灯火を使い切るような怒りに満ちた大声と膿に溺れるような喘鳴が聞こえたのか、アニエスが心配そうな面持ちで部屋に入ってきてしまった。
共犯者は俺とククーシュカだけのはずだった。アニエスにすら見せたくなかったのだが。
「アニエスか……。少しの間、目をつぶってくれないか?」
「何故ですか? そんなことできません」
やはり、というか、アニエスは聞いてはくれなかった。出て行ってくれなどと言うのはもはや無駄だろう。だが、もう時間もあまりない。そして何よりもククーシュカを苦しみから早く救い出してあげたい。
助けるんじゃない。治すわけでもない。
これから、時間を戻すだけという、生きとし生けるもの全てへの侮辱をするのだ。二度犯した大罪の罰が俺にだけ降りかかるように、強く願い、そして俺は回復魔法を唱えた。
ククーシュカ、君は罪を償え。俺はお前を決して許さない。だからこそ、生きて、たくさん笑って、周りを幸せな気持ちにさせろ。それがお前に出来る最大限の償いだ。
「ここは一度、俺の言うことを聞いてくれ。これからククーシュカの時間を戻す」
咳をするだけで大きく動き、口を押さえる力さえなく虚ろに天井を見つめるククーシュカの手を握った。目も先ほどよりも濁り、もはや俺たちの姿など見えていないだろう。
「ククーシュカ、あと十秒、それだけでいい。生きてくれ」
ククーシュカには償いの時間を、アニエスには生きる時間を。
そして、俺にはこの大罪の罰を。