スプートニクの償い 第七話
「ククーシュカ、落ち着いたか?」
乾いていても透き通るような白をしていた頬は今度は熱で赤くなっていた。そして先ほどよりも腫れが進んで顔は丸みを帯びてしまい、その色のせいもありまるで熟れたリンゴの様になっていた。腫れているのは外側だけでなく気道の方まで腫れているのか、呼吸さえも抑制されているようだ。
ククーシュカは名前を呼びかけると目を薄く開けた。その隙間に見えた黄色い瞳もどこかくすみ、深い琥珀のような奥行きがあったはずのそれは光を失い始めているかのように見える。エルメンガルトの言うとおり、ただの発熱ではなさそうだ。頬に手を乗せると茹で上がった後のように熱くなっている。
だが、路地裏で倒れていたときの死神に手を引かれてしまったような冷たさはない。
「さっきよりマシだが、落ち着いたようではないな」
額に載せていた濡れた布は、彼女から吸い上げた熱で温くなっている。冷たい水に浸し軽く絞った後、熱く赤くなった額に載せた。熱から解放された心地よさがあるのか、彼女は目をつぶり浅く息を吸った。
「とりあえず休め。ゆっくり休んで朝になれば元に戻る。俺たちは君を探しに来たのだから、いなくなりはしない。近くにはいるから、何かあったら呼んでくれ」
話をするために彼女の側に来たが、熱にうなされている彼女にはそれは不可能だろうと思った。何よりも俺自身にとって悲壮感の漂う顔は見るに堪えないものであり、距離を取りたくなってしまったのだ。いずれ治るとうそぶいて俺は部屋の反対側に行こうとした。しかし、そのとき何かに上着の裾を弱い力で引っ張られた。
「行かないで」
腰の辺りを見ると人差し指と親指が裾を摘まんでいた。その手を伝うように視線をククーシュカの顔の方へ動かすと俺を見つめていたのだ。熱にうなされ悲壮に沈んでいた顔が引きつり、目尻には涙を浮かべている。引く力も弱々しく、何をしなくても人差し指と親指は離れてしまいそうだ。
上着を掴んでいた手が落ちてしまう前に、すくい上げるようにそれを握った。骨と皮だけのように細くやつれていたが、その指先まで熱がこもっていた。
熱はあるが寒気もあるのか、それとも筋肉の痙攣なのか、小刻みに震えている。
「わかったよ。ここにいる」
近くに置いてあった丸椅子をベッドの脇にたぐり寄せて、彼女の手の届く範囲で腰掛けた。
魔石でオイルを温めるヒーターは部屋を暖めるには時間がかかるようだ。コートが必要なほどではないが、肩や腕に薄ら寒さがある。少しくらいの寒さがあった方がククーシュカも心地がいいのではないだろうか、そう思いながら動いて出てしまった彼女の肩に上掛けをのせた。