スプートニクの償い 第六話
ドアの隙間からベッドの方を覗き、ククーシュカに聞こえていないことを確認するとエルメンガルトは腕を組んだ。
「ありゃただの発熱じゃあないね」
「エルメンガルト先生は何かわかるのか?」
「私は僧侶じゃあない。だが、この娘っ子はおそらく例の病気だね。文献に当てはめればわかる」
「何とか出来ないのか?」
「……諦めな。女王が代替わりする前の兆候だって言われてるくらいだ。あれは連盟政府お抱えの腕利き僧侶でも治せやしないよ。一族が持って生まれるものだからね」
机の上に乱雑に積んであった本の塔の中間辺りを引っ張り出した。それは『ブルゼイ族正史XVII』だった。本を開き首を後ろに下げて目を細めながらページをめくると、ある一ページで止まった。それを開いたまま俺に渡してきた。
小さな文字で書かれた一節の辺りを指でなぞったのでそこを読むと、
“……二十二代ブルゼリア女王、ミロスラーヴァ・セシリア・ブルゼイは高熱を出し続けた後、崩御した。折しも連盟政府の前身である新統一政府軍との戦争のさなかであった。
崩御より十日前ほど、自ら前線に赴き指揮を執っていたミロスラーヴァ女王が発熱し、士気の低下により前線は撤退という形ですぐさま後退した。一週間経過しても熱は収まらず、次第に衰弱する傾向が見られたので王位は、急遽次女のエヴプラクシアに遷された。
女王の病気の発症は予想されていたものだが、想定よりもだいぶ早まったのだ。その一因として挙げられるのが、ブルゼリア王国側の戦略的な失策によるものだと考えられる。当時のブルゼリア王国将軍であったラマン・コズロフは優秀な用兵家であり、新統一政府軍との戦いで多くの勝利を収め戦線を拡大していた。
しかし、戦略家としては甘いところがあり、ミロスラーヴァ女王の身に起こりうる事態を考慮に入れていなかったのだ。それは戦線においては王家など無くても士気に然したる影響はないというラマン自身の考えに基づいており、予てよりあったコズロフ家と王家の確執に寄るところも大きい。ミロスラーヴァ女王には戦線の急拡大は負荷となり、病気の発症を早めたと考えられる……”
と書かれていた。
「これに限ったことじゃない。だいたい症状が出るのは国を揺るがすような事件が起きた後だ。何かとんでもない負荷でもかかっちまったんじゃないのかい?」
アニエスと顔を見合わせた。明らかに俺たちの責任だ。孤独で拒否されるのが当たり前の彼女を無理矢理にでも包み込むように迫ったことが大きな負荷になってしまったのだろうか。
「病気が発症しちまったんだ。これから熱も下がらないで体力も消耗して、残念だが……、まぁ持って一週間だろう」
エルメンガルトはそう言うと背中を向けて窓の外に目をやった。アニエスはどうしたらいいのかわからない様子なのか、エルメンガルトの背中と俺を交互に見て口を掌で覆っている。目尻には光る物も見えている。
「しばらく、ククーシュカと二人で話させてくれ」
俺がそう言うと、エルメンガルトはベッドルームのドアを親指で指さした。