スプートニクの償い 第三話
「なんで逃げるんだ? 君の欲しがっていた光だぞ? もはや凶状持ちだが、君よりは遙かに明るいところにいる」
再び一歩歩んだ。後退る彼女の一歩よりも大きく、追いかけるように。
「く、来るな!」
「なんでだ? それにしても、ククーシュカ、君は足下もおぼつかないじゃないか。ちゃんと食べてるのか?」
「うるさい! 来るな!」
ククーシュカは見てわかるほどに震え始めた。それを押さえ込もうと力を込め、そして、首を左右に振っている。押さえきれなくなったのか、三叉戟は震える手から離れ、地面へと向かって落ちた。
「まずはご飯を食べよう。俺も腹が減ってて、さっき友達に悪態をついてしまった。飢餓は怒りの源だよ」
「うるさい、うるさい! 食事なんて必要最低限だ!」
二、三度地面で跳ねて硬い音を響かせた三叉檄よりも大きな声で拒絶を繰り返した。やがて動きは大きくなり、払いのけるように手を振り回した。手の中にはすでに無い三叉檄を振り回す素振りを見せ、俺たちを近づけさせないようにしている。
「そう言うなよ。ノルデンヴィズで目立たない良い店を見つけたんだ。そういえばククーシュカ、君はどんな食べ物が好きなんだ? あそこは甘い物もたくさんある」
「来るな、来るな、来るな! こっちに来るな!」
手元に三叉戟がないことにやっと気がついたククーシュカは身体を前屈みにして俺を睨みつけ、コートの隙間に手を入れた。何か武器を取り出そうとしているようだ。
睨みつけながら手当たり次第に武器になる何かを探っていたが、突然目を大きく開き表情がはっとして動きが止まった。そして、額から汗を噴き出し始めた。
「ごめんね。ククーシュカちゃん、コート、少し間使えなくさせて貰ったわ」
俺の背後をゆっくりと付いてきたアニエスは悲しそうな声でそう言った。
「理屈は……説明が難しいんだけど、俺たちはさっき変な空間に閉じ込められてね。自分たちの足で向かったわけではないんだけど、どうやらそこへポータルが開けるみたいなんだ。そこはおそらく君のコートと仕組みは同じで繋がっているだろうから、ちょっと弄くって何にも無いところにつなげさせてもらったよ」
ククーシュカの瞳孔は開き、震えている。武器頼みの彼女にとって武器を封じられることは致命的なのだろう。はっは、はっはと息は短く早くなっていった。