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スプートニクの帰路 第十一話

「あちゃー、マジかよ。橇もトナカイも借りモンなんだぜ? 弁償してくれんのか? ま、しったこっちゃねぇが。おい、ベルカ! とっとと逃げるぞ!」


 女の方は落ちた帽子を拾い上げ、雪を払って深く被り直した。さらに橇から落ちた長物の武器を背中に背負った。そして、ベルカと呼ばれた男の方は麻袋を静かに背負うと女の方へと走り出した。麻袋の中でセシリアが暴れているのか、もぞもぞと大きく形を変えている。口を塞がれているのか、うめき声も聞こえる。

 俺は再び杖を構え、そして魔方陣を杖先に展開した。


「待て! その子を返せ! どうするつもりだ!」

「あんだ? てめェこそガキに何の用があるんだ? これはあたしらのモンさ。同じブルゼイ族だもんな」

「嫌がってるじゃないか! 今すぐ放せ! 雪ごと吹き飛ばすぞ」

「ハッタリこいてんじャねェぞ! クソザコが! 家族ごっこがしてェんならよそでやんなァ!」


 言葉遣いの悪い女の方は背負っていた武器を持ち上げた。それは大きな鎌だった。農業で使うような草刈り鎌をそのまま大きくしたような大鎌だ。振り回すと空を切るような音を立てて辺りの雪を舞い上げた。右足を前に出し、今にも俺を狩らんと刃を上に向けて構えている。

 しかし、ベルカと呼ばれた男の方が女の前に立ち、大鎌の刃部に手をかざして止めた。


「落ち着けよ、ストレルカ。相手は魔法使いだ。お前も怪我をしちまう」


 ベルカは俺の方を向くと大声を上げた。


「なぁ兄ちゃん、ここは退いてくれないか? このガキはオレたちに必要なんだよ」

「その子の、セシリアの意思を無視してるじゃないか! 必要って言葉を盾にして他人の意思を無視したら、それはただの搾取だ!」

「ヘェ、セシリアってのかい。このガキは」


 ストレルカは大鎌を構えたまま、首を大きく回すとにやつきだした


「おまえ、女の方! ストレルカっつったか? お前はブルゼイ族だろ!? そんな綺麗な色の髪は他にいない! 関係ないとは言わないが、セシリアを返せ!」

「おォ、ありがたいねェ。褒めてくれンのかい」


 しかし、瞬きをしたらストレルカを見失ってしまった。次に見えたときには目の前にいたのだ。

「惚れッちまうかもなァ」と囁いた声が微かに聞こえた。雪で足場が定まらないにもかかわらず力強い一歩で二十メートルほどの距離を詰め、俺の目の前まで踏み込んできたのだ。


 しまった。杖を持ち上げ鎌の刃を防ごうと腰に右手を伸ばした。だが、持ち上げようとした杖に何かが引っかかってしまった。


「冗談だろ、ストレルカ?」


 真後ろにベルカが立ち、杖を封じるように握っていたのだ。素早いストレルカに気を取られてしまい、そちらまで気が回らなかったのだ。


チェルノボグに(ボーデンブィティ)殺されてしまえ(・チェルノボグ)


 ベルカが耳元で囁くと、首後ろに衝撃が走った。首筋からしびれるような間隔が脊髄を走り抜けると、全身が動かせなくなってしまった。そのまま仰向けに倒れると、ベルカとストレルカが俺を覗き込んでいるのが見えた。


「安心しろ。おめぇも殺しゃしねぇよ。だが、あの子は預からせて貰うぜ」


 だが、そう言うと二人は突然黙り込み同じ方向を見て険しい顔をした。それと同時に意識が薄れかけている俺の耳にすら聞こえるような轟音が聞こえ始めた。二人が黙り込み、表情を一変させた理由はその音ですぐにわかった。

 魔法で生じた衝撃波と戦闘の振動のせいで雪崩が起きてしまったようだ。


 二人組が斜面の上の方を見ていると、大声で何かを叫んでいるのが聞こえた。俺の視界はすでにぼやけていて、どちらがどちらなのか識別できなくなっていた。二人が顔を合わせて頷くと、ベルカかストレルカのどちらかが走り去るのが見えた。

 次の瞬間、突然視界に青空が広がった。どうやら思い切り背中を蹴り飛ばされたようだ。どれほど飛んだのか、それはわからないが青と白を何回か繰り返し、腹部に着地の衝撃が走った。


「セシリア……セシリア……ククーシュカ……。待ってくれ……。行くな」


 見えなくなっていく視界に走り去っていく二人組と麻袋が見え、俺はそれに必死で両手を伸ばした。


 しかし、揺れる地面と轟音が近づくにつれて意識は遠のいてしまい、ついに目の前が真っ暗になってしまった。

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