スプートニクの帰路 第九話
吹雪は三日ほど続いた後、とても寒い朝が来た。
ベッドの窓側で眠っていた瞼に久しく浴びていない強い光が当たって目が覚めた。カーテンの隙間から漏れた光につられて開けると珍しく青空が広がっていた。青は透き通ってどこまでも広がり、そして、昨日まで空を覆っていた雲は風に流され麓の方を埋め尽くしていた。染みるような青空は、火山ガスの影響はもう無いのだろうかと思ってしまうほどだった。
晴れた日は久しぶりで気持ちが良かったが、強い寒さはそのせいであることもよくわかっていた。しかし、それが連れてきたのは寒さだけではなかったのだ。
「なぁ、アンタらはここに住んでるんだろ? 薪はいらねぇかい?」
陽が昇ってもまだ寒い昼前のことだ。朝食も食べ終わり、その片付けも済み、一段落付いたのでそろそろセシリアと外で遊ぼうかと準備をしているときにトナカイ(普通の大きさ)に橇をひかせた男が山小屋に来た。
その男は変わった格好をしていた。黒い髪はモヒカン、サイドは刈り上げており残った真ん中の毛は長く、それを横に流していた。例えるなら、マリリン○ンソンのようだったのがとても印象的だった。
肌は雪に焼けたのか浅黒く、服装は赤の上っ張りの下にオレンジと赤の線を組み合わせて描いた菱形をいくつも並べたような独特な模様の襟の服を着ている。ズボンもゆったりと広く、温かそうな素材で出来ている。しかし、靴は雪山では歩きづらそうな革のブーツだ。
俺はオルタナティブメタルのミュージシャンのような変わった見た目にあっけにとられてしまい、失礼なのはわかっていたが思わず足の先から頭の上まで舐めるように見つめてしまった。
「どうだ?」
男にそう再び尋ねられて、自分が黙ってしまっていたことに気がついた。
だが、俺たちは薪も食べ物も困っていない。移動魔法で手近な街まで向かい、売ってくれるところで仕入れた分で充分だった。
「生憎、薪も食べ物も充分だ」
「じゃあ水はどうだい? 雪はあっても乾燥するだろ?」
男はドア枠に肘を置き、閉めさせないような姿勢を取った。
「俺たちは二人とも魔法使いだ。欲しければ雪で溶かす。もういいだろう? 帰ってくれ」
「ああ、ああ、そうもいかねぇんだよ。オレたちゃ明日の飯の金を稼がなきゃならねぇんだよ」
追い払うように遇ったが帰る様子を見せず、片眉を上げてにやついている。
「欲しい相手探しならなら他に行け。第一こんなとこまでくるのがおかしい」
「なんだ、心配してくれんのか? オレたちは寒いところは平気さ。でもよぉ、薪買ってくれよ。オレたちの飯の心配もして貰いたいもんだぜ」
「仲間がいるんだろ? そいつと話して来い。悪いけどうちじゃ買わない」
ドア越しに背後の雪道を見た。入り口まで向かっている足跡は一つだ。だが、離れたところで一つが曲がっているのが見える。それを追うと、小屋の裏へと向かっていた。
「兄ちゃん、どこ見てんだい? 今話してんのはオレだろ?」
「もう一人はどこに行った?」
首を曲げて橇の方を一瞥すると、掌を上に向けて肩を上げた。
「……さぁな、裏でクソでもしてんじゃねぇか?」
「どんな奴だ?」
「綺麗な髪の女だぜ。まぁ気にするな。とりあえずオレとの商談をしようぜ」
「いらないつってんだろ。帰ってくれ」
「おっと、もうちょっと話そうぜ? おまえら三人家族だろ? ガキはいないのか?」
服の中を漁ると、ボロボロの人形を取り出してきた。金髪碧眼のドレスを着た三頭身ほどの人形だが、金色の髪には埃が付き、着せている服には其処彼処にカビが生えている。売る物としては酷い物だ。
男は手首を揺らして、人形の髪を左右に跳ねさせている。
「お子さんにお似合いなお人形さんなんかどうだ?」
「俺たち以外にはなつかないみたいでな。奥の部屋にいる」
「そうか」
男も俺もアニエスも、三人とも黙り込むと冬山に吹く白い風が音を鳴らして駆け抜けた。
「――だが、なぜ子どもがいると知っている?」
「今奥で見えたのさ」
男は目をつぶると下を向いた。
「その人形は? おまえら普段から持ち歩いてるのか? 売りモンにしちゃボロボロじゃないか」
「そうだなぁ……。不思議だよなぁ。なんでオレたちが持ってるんだろうな」