スプートニクの帰路 第七話
「セシリアはもう寝たのかい?」
「ええ、さっきベッドに入れたらすぐに寝ましたよ。板で作ったスキー遊びでだいぶ疲れたみたいで」
アニエスは身体を起こすと寝室の方を向いた。二人で静まりかえると、薪の弾ける音に混じって開けられたドアの隙間からセシリアの寝息が聞こえる。
俺たちは顔を見合わせて、微笑み合った。
「君でも寝かしつけられるんだね。まだおばさん呼ばわりしてるから」
「私のことが嫌いじゃ無いのはわかるんですけど、懐いてくれないんですよ。パパと違って」
そう言うと肩を強めに叩いてきた。ママと呼んで貰えないことへの嫉妬の痛みがする。
「パパね……。となると、セシリアには三人の父親がいたことになるな」
「一人目、レナートさん、イズミさんですか」
「やれやれ、結婚もしていないのに父親か。それにしても、血のつながりがある父親こそが本物、だと言って良いのか?」
俺の問いかけに無表情になり、黙り込んでしまった。
「続きを読もうか。一人目が誰だかわかるかもしれない。けど、ここから先はちょっと読み辛くなってるな」
レナートには独特の癖があるようだ。名詞を書くときに文字が細くなる癖がある。癖と濡れて潰れた文字で読みづらさが相俟っていたが、再び手紙に視線を落として綴られている文字の羅列と滲んだ模様を追いかけ始めた。
“ブルゼイ族は連盟政■■では存在してはい■■い者たちだ。当然ながら民籍表もない。しかし、クラーラもツェツィーリヤもこれほどまでに美■く儚げなブルゼイ王族の特徴を出し■しまった。近親婚を繰■返■たおかげで濃くな■た血は簡単には薄まらないようだ。
生活のために■徴の全くない僕ばか■が外に出ることになってしまい、クラーラや君を閉じ込めたま■■してしまうこと■なった。寂しい思■■何度もさせてしまっただろう。
だが、長い間の留守にシ■■という男が来■クラーラにツェツィーリヤを授けてい■た。そい■のことは殴り殺してしまい■■ほど憎いが、正直なこと■■ってしまえばツェツィーリヤを授け■■れたことでクラーラを孤独■■なくて良かったと思■■■■もあるのだ。
生まれてく■■どもに罪の一切はない。だから、愛したクラーラを孤独■■救い出してくれるツェツィーリヤ■■は全力で愛することを決めた■■。君を産■■後、クラーラは■■り血が濃いこともあり病■■発症してしまった。
もちろんそ■■君の責任では無い。ある種の宿命のよ■■ものだ。ツェツィーリヤにはそ■■命が降りか■■ないことを僕は望む。”
読んでいるときに自然と伏せ字に入る名前はシンヤではないかと俺は思った。意外でも何でもなく、極めてすんなりとそれは思い浮かんだのだ。
「この、シほにゃららってシンヤかな? 字の間隔的に三文字っぽいけど」
「……そうかもしれませんね」
アニエスは声を小さくしてそう言った。
「あのシンヤさんてやっぱりそういう方だったんですか? エルメンガルト先生だけじゃなくて、あちこちに手を出していたなんて」
それが原因でシンヤは勇者を追われたのは、もう昔の話だ。あちこちに種をばらまいたことについては看過できないところはある。俺がもしそういうことをされたら相手を殴り殺すほど憎むだろう。しかし、シンヤは英雄的なことをし続けていたのは確かなのでそれをひとまとめにしてしまいたくは無い。
「アニエスは許せない?」
「寂しいからと言って体を許してしまうクラーラさんも許せませんが、間に入って子どもを作るなんて……。私は許せません」
「でも、まだシンヤだと決まったわけじゃない。俺が読んでて、何となくそうじゃないかなって思っただけなんだ」
「ユリナさんから聞いた話だとそう思うかもしれませんし」
「何か書いてあるかな? レナートさんの書き方だと血の繋がった父親は知ってるみたいだし、彼を探すためのヒントとかあるかもしれない」