スプートニクの帰路 第四話
クライナ・シーニャトチカでやった廃墟直しのノウハウを生かして、山小屋を修繕させることにした。ただ、材料はないので、またしてもクライナ・シーニャトチカの無人エリアから拝借した。
移動魔法はこっそり使うつもりで人目につかないようにしていたが、クライナ・シーニャトチカへとポータルを開いたときたまたま近くをうろついていたエルメンガルトと目が合った。しかし、彼女は石やら木の柱やらをふわふわ持ち上げてせっせと雪山へと運んでいる俺たちを、驚いたように後頭部を下げて怪訝な顔を見せた後、見て見ぬふりをしてくれた。
それから一時間もすると雨風を凌げるほどには修繕することが出来た。疲れ切っていたのでその日は暖かさだけを確保し三人で身を寄せて眠った。
その日以降、再びささやかな三人暮らしが始まったのだ。
小さなベッドに三人で使うのはとても狭かった。俺とアニエスの間に無理矢理押し入るセシリアは、まだ小さくて体温も高かった。
毎日、小屋の修理とセシリアとの雪遊びをして過ごした。白い頬をしもやけで真っ赤にしても雪遊びを止めようとしないセシリアに俺は全力で応えた。積み上げた雪に新雪が降ると、自ら飛び込んだりもしていた。
そうしているうちに、セシリアは雪の中で転んでも泣くこともなくなった。
近くにあった倒木、おそらく俺が絶望して腰掛けたトウヒの木を削って板を作り、スキーのような物も作った。
まだこの世界のスキー文化は未発達なようで、俺が作った物は日本での記憶を頼りに見よう見まねで作った板だが、ここに存在する板よりも早く滑れることにアニエスは驚いていた。それと同時に心配そうに見守っていた。
誰もいないことと麓への影響を確認した上で、小屋から少し離れたところの木が少ない斜面に積もった新雪の表面を炎熱系の魔法で溶かし“雪崩れ遊び”をしたことがあった。セシリアは腹を抱えて笑ってくれたが、それにはさすがのアニエスは爆発してしまい、二人揃って正座をさせられ、怒られてしまった。
アニエスに移動魔法を使わせず自分の移動魔法でここへ向かえるようにするため、麓の看板(ブルンベイク跡の端)までセシリアと歩いたこともあった。
小屋から看板までは四時間、そこからさらに二時間で人里の限界、つまり回帰不能線から六時間ほどでたどり着くことが出来た。確かに時間はかかったが、意外と山奥の秘境というわけでもなかったようだ。
そのとき、セシリアはトウヒの木にせっせと印を付けていた。
何かあるとすぐに泣き出してしまうセシリアはよく笑うようになった。それが嬉しくて、俺はセシリアに何か欲しいものはあるか、と尋ねたことがある。彼女は掌で小さな雪の塊を握り、投げつけながら俺に言った。「パパもマ……アニエスおばさんもずっと生きて! それだけ!」と歯を出してへへへと笑った。
言葉に止まってしまったが、顔に当たった雪玉に手を触れるとすぐに溶けて、垂れていった。
話に聞いていたが、セシリアの両親は死んでいる。俺たちにとっては遙か昔の出来事だが、彼女にとってはごく最近のことなのだ。
彼女の言ったことがどういうことかなど、考えなくてもわかる。
そんな単純なことで笑えるなら、力一杯かなえてやる。「やったな! このいたずらっ子が!」と言って、両手を挙げてセシリアを追いかけた。するとセシリアは嬉しそうな高い声を上げて雪の中を走り回った。
ちらりと視界に入った小屋の窓越しに、アニエスが笑っているのが見えた。