彼女の商量 最終話
「さて、そろそろ解散しましょうか。イズミさんは次にすることで頭が一杯のご様子ですからね」
食事が終わり15分ほど話した後、レアがそう切り出した。俺がやはり心ここにあらずであることは見抜いていたようだ。
「話の内容にも気を遣ってたからな。何で足を掬われるかわからない」
腕を組んでそう答えた。レアもそれはもうどうしようもないことだとわかっているはずだ。
「寂しいですが仕方ありませんね。とりあえずお店を出ましょう」と仕方なさそうな笑みを浮かべて、席を立ち上がった。
会計をレアに任せて先にドアを開けて外に出た。薄陽もだいぶ高い。
正午過ぎくらいだろうか。共和国で朝起きて、マゼルソンと面会、モンタンに遭遇、ノルデンヴィズで監視を撒いて、ドミニクが殺されて、レアに監禁、異次元空間をさまよって記憶を見て、女神に出口まで案内され……。
まだ半日しか経っていないというのにいろいろなことがあったものだ。薄陽が高く登っていても肌寒い屋外で吐く息は白くなり、それを目で追い通りの左右を見回した。相変わらず職業会館裏通りにひとけはあっても、誰も彼もが律儀なまでに他人行儀だ。正直、今はそれがありがたい。いろいろなことへの影響を気づかされて、会う人皆と関わりを持っているような、そのような状態でのこの冷たさは心地よい物にも感じる。
おまたせしました、とレアがドアから出てきた。そして、「私は次の仕事に向かいます。お二方はどちらへ?」と尋ねてきた。
俺たちはこれからすぐにクライナ・シーニャトチカに向かい、ククーシュカの説得する予定だ。
だが、ここはノルデンヴィズだ。移動について当たり前のように移動魔法を使う気でいたが、レアの話を具体的に聞いてしまった以上、安易に使うわけにはいかない。しかし、移動にはどうすればいいだろうか。迷ったわけでは無いのだが、迷ったような顔で視線を上へと上げてしまった。
レアが小首をかしげて覗き込んできたので、
「あのー……、さ、移動魔法は使っても怒られないか?」
と尋ねてみた。聞いた瞬間、レアは眉間に皺を寄せて表情を強ばらせた。
「ダメです。バレなきゃ良いってワケには行かせませんよ。ダメです。私が見ています。ダメです」
三回もダメだとダメ押しされてしまった。ノー、ノーと人差し指でバッテンを作り、下からしゃくり上げるように睨みつけている。
「これから俺たちクライナ・シーニャトチカに行かないとククーシュカ説得できないんだけど……」と視線を下の石畳の隙間に向けて落とし左右に泳がせながら、後頭部から首筋を擦るように掻いた。
いや、もちろん彼女をあてにしたわけではない。それはもちろんそうなのだが。だが、ノルデンヴィズからクライナ・シーニャトチカは遠い。俺たち二人は歩いてたどり着いたのだが、逃げ出すというそのときのヤケクソの行動力はかなりのものだったらしく、思い起こせばかなりの距離だ。警備の厳重な臨時国境も越えなければいけない。それならばまた同じように歩いて行き、警備の手薄なところを狙えば良いと言うかもしれないが、一日二日夜通し歩いてもたどり着かないだろう。それは嫌なのだ。
レアは俺の言葉を聞いて口を開けて動きを止めたが、しばらくすると「ああ! もう!」と声を上げた。
「はいはい、わかりました! まったく面倒くさい人たちですね! 終わったらノルデンヴィズですか!? 連絡してください! 私のキューディラは知ってますよね。次回から有料ですよ!? お金取りますからね! いいですね!?」
「やった! ありがとう、レア! 君はサイコーの商人だぜ!」
「ホンット、調子だけは良いんですから!」
レアはぷりぷりと怒りながらもポータルを開いてくれた。