彼女の商量 第二十六話
「そういえば、なぜ共和国に行ったのですか?」
大きなブラートヴルストを丁寧にフォークで切り、半分ほど食べたレアが何かを思い出したように尋ねてきた。
俺とアニエスは思わず顔を見合わせた。時空系魔法のことを調べに行っていて、そこで衝撃的な者を目の当たりにしてしまったので、おいそれとは言えないのだ。それにレアは両眉を上げた。
そして突然黙ってしまった俺たち二人の顔を交互に見ると、「あ、別に何か探ってるわけじゃないですよ? 先ほど、アニエスさんがギンスブルグ家に覗ったとおっしゃったので」と付け足した。
「時空系魔法のことでちょっと色々、な。レアが心配するようなことはしてない」
「そうですか」
そう言うとレアは一緒についてきたフライドポテトにフォークを伸ばした。
郊外の病院で老衰しきったシンヤに会ったことはもちろん、それ以上にアニエスがルーアの末裔とわかった上でマゼルソンと対面したことは黙っておいた。出てきたレバーケーゼのサンドを、表情を誤魔化すように口いっぱいに放り込んだ。チーズと挽肉の味に、独特のレバーの苦みが混じっている。このご時世にレバーとはありがたいものだ。
「あの、そういえば、レアさんはなぜ時空系魔法が使えるのですか? 私たちを捕まえたときのあの魔法は間違いなく時空系魔法ですよね?」
少し下品になりながら口の中いっぱいに放り込んだパンをもぐもぐと噛んでいると、隣のアニエスがレアに尋ねた。確かにそれは気になる話題なので、慌てて飲み込んで話に混ざろうとした。
「やはりお気づきでしたね。アニエスさん、黙っていましたが実はあなたと同じなんですよ」
なんだ。知っているのか。だが、予想外、と言うわけではない。レアは商会の商人であるから、どこまで知っているのかを気にするのは無駄だったようだ。俺が知ったことはほとんど皆全て知っていると思っても差し支えないだろう。
「レアは、確か名字がベッテルハイムだったよな。じゃルーア皇帝の血を引く者ってことか」
コーヒーで口の中を洗い流して話にそう割り込んだ。
「あら。もうご存じでしたか。ルーア皇帝の……」
「フルネームがバルナバーシュ・フェルタロス・ジー・ベタルヒム・ヴェー・ルーア。どうせベタルヒムがエルフ風に言ったベッテルハイムなんだろ?」
遮ると「話が早いですね」とレアは笑った。
「ユリナに聞いてきたんだ。まさにそれについてな。でも、なんでレアは共和国に入ったときは何も言われなかったんだ?」
「私たちベッテルハイム家はアニエスさんに比べ、関わりは薄いのですよ。少し前までは移動魔法もアイテムを使っているってことにしていましたし」
レアはフォークをお皿に静かに置くと、テーブルの上で両手を重ねた。
「そうですね。気分転換にトバイアス・ザカライア商会の歴史でもお話ししましょうか。その前に、コーヒーと紅茶のおかわりをいただきましょう」
レアがカウンターを見て小さく手を上げると、バリスタがお辞儀をした。