彼女の商量 第二十五話
アニエスはメニューと俺の顔を交互に見て遠慮を見せつつも、ゆっくりメニューに手を伸ばしていった。
「イズミさん、少し食べませんか? 元気がないのはきっとおなか空いてるんですよ」
アニエスはただ空腹に耐えかねただけかもしれないが、こういうときにはメンタルが強い。こと食事に関しては、どれほど落ち込んでいてもよく食べるのだ。受け取るやいなやぐるぐると視線を回し、メニュー一覧を見て嬉しそうに喉を鳴らしている。
かたや俺は、生き死にだの、殺しだの、やれ生殺与奪が何だのと物騒で陰鬱な話ばかりで心は淀みきりすっかり食欲がなくなっていた。
「そうですよ。私はあなたを落ち込ませたかったわけではないんです。私も伝えたいことも伝えましたし、戦争中で疎遠な日々の中にも関わらず久しぶりに顔のなじみのメンツが集まったんですよ。仲良くご飯を食べましょう。ここはシュニッツェルがおすすめですよ。なんでも、シェフが仕事で帝政ルーアに行ったときに食べて感動して情報と一緒に作り方を盗み出したらしいですよ」
「そうなんですか? でも、シュニッツェルはついこの間ギンスブルグさんのところで食べたんですよね。他は何があるんですか?」
「それなら、このブラートヴルストなんかがいいですよ。一緒にブレートヒェンかフライドポテトが……」
先ほどまでの雰囲気はすっかり無くなって、まるで会ったばかりの頃のように無邪気に戻ったレアと食べることで頭がいっぱいのアニエスを見ていると、自分が情けなくなると同時に肩が軽くなるような気もした。
話が難解で難しいからこそ、空腹ではいけないのかもしれない。二人ともそれをわかっているからこそ、こうやって食事を勧めてきているのだろう。確かにトルテとコーヒーだけでは足りない。この後にはククーシュカの説得に向かわなければいけないのだ。食事はとれる内にとっておいた方が良いだろう。
テーブルに身を乗り出し、嬉しそうにメニューを選ぶ二人に交じろうとした。すると、アニエスはふふっと笑い、メニューを三人の真ん中に置いてくれた。
早雪なのでリエットのような保存食ばかりかと思いきや、ジューシーな料理がメニューには並んでいた。とりあえず、コーヒーのおかわりとレバーケーゼを挟んだカイザーゼンメルを焼いて貰うことにした。