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彼女の商量 第二十四話

「レアはいつから人殺しに慣れたんだ?」


 姿勢を変えること無く、レアに尋ねた。彼女と目を合わせられないのだ。


「覚えていませんね」


さらりと答えたレアは腕を組んだのか、衣擦れの音が聞こえた。


「どこかの神話にありますね。人を殺した最初の人は、最初の夫婦の息子だった、と。両親は神によって作られ、禁忌を犯し楽園を追われた。その後生まれた息子たちは、土やあばら骨からではなく人間と人間の間に生まれた、ある意味最初の純粋な人間なのです。

 つまり、人間は人を殺すように作られているのです。だから、戦争をするのです。表では嫌っていながらも、本能ではしたくてしたくて仕方が無いのです。最初の夫婦の息子は、最初の嘘つきでもありました。

 殺人が悪であると、それ自体に意味は見いだしていません。相手が悪ければ殺してしまえと言う思考が存在するのがその証拠です。

 では、何に意味を見いだしているのかというと、殺人本能に抗うことに意味を見いだしているのです。人を人たらしめるのは理性。理性は本能を抑える羈束。つまり、本能のままに動くは人であることの否定。

 嘘をついたのは、本能に抗わず殺人を犯したことに後悔があったからなのです。自らをもだますために神に嘘をついたのです。もしそこで彼が後悔をしなければ、あなたもきっと後悔をしなかったでしょう」


「受け入れるしか無いのか?」

「それが一番楽でしょう。ですが、根が優しいあなたに、きっとそれはできません」


 レアはしばらく黙った。そして、「顔を上げなさい」と低く刺すような声でそう言った。


「受け入れなくて良いのです。人を殺したことのない人間が外野からどうとでも言える『命の価値』を、誰よりもその身をもって知ったはずです。耳から聞く言葉ごときでは無く、魂に刻みつけるように。命は金に換えられないなど、それさえも戯れ言にしか聞こえないほどに」


 顔を上げて見えたレアの顔に表情は無かった。だが、怒りはなく、口角はわからないほど少しだけ上がり、微笑みを湛えているようにも見えたのだ。


「受け入れて、人が安易に殺されることへの怒りを消してはいけません。和平を求めたあなたには、その憎悪を抱き続ける義務があるのです」


 瞳の奥を真っ直ぐ覗き込むようなると、レアは尋ねてきた。


「もう一度改めて私は問います。和平はどうなったのですか?」


 背筋は伸びて両手は上品に膝の上に置かれている。


 レアの考えはわからないことの方が多い。可愛らしい初対面の印象通りのままの無邪気な性格では無かったし、その後もあちこちでいろいろなことを企てていた。しかし、その中でもいくどとなく俺たちを突き放すようなことをしながらも毎回助けてくれた。

 もしかすると、彼女も和平を望んでいるのではないだろうか。真剣な彼女の様子を見る限り、それはわかるような気がするのだ。確かに、彼女にとって俺は和平への足かけの一つにすぎないかもしれない。だが、それでも同じ志があるなら孤独では無いのだ。


 鼻から息を吸い込んで左右を見渡した。カフェの店内は相変わらず人がいない。肺いっぱいに吸い込んで、体を伸ばすようにすると流れていたトランペットの演奏が聞こえた。

 すると、レアは何かを察したのか自然な笑顔になった。


「さ、重たい話はここまでにしましょう。ここは私が出しますので、好きな物を食べていってください」


 そして、テーブル脇のメニューを持ち上げ、こちらからも読めるように開いて見せてきた。

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