彼女の商量 第二十三話
小洒落たカフェは寂れ、昼間だというのに人が少ない。
北向きの窓は外の光をあまり取り込まない。その僅かな光に向かって集まる虫を狙った蜘蛛が張ったのか枠に巣があった。だが、そこを通る虫も少なかったのか、放棄されて久しく埃を線状に帯びている。
年老いた義眼のバリスタは俺たち三人の方へと意識を傾けていた。いつ注文されてもいいように待機しているようにも見えるが、その実、気配には殺気がこもっており、監視しているのがわかる。あるいは何も起こすなと抑えるような。
義眼、刻まれた瘢痕、強すぎる気配。仮に何かが起きても彼一人で対応してしまうのだろう。
凶状持ちの俺や訳ありのアニエスが顔を出しても眉色を一つ変えないのは、おそらくこの店はその手がこっそり集まり話し合いをする様な店だからなのだろう。もれなく俺はもうすっかり、その手、なのだ。エルフを殺したことを後悔し続けて、自分だけは綺麗な心を持っていたような、それを取り戻そうと躍起になっていたような、他の汚れどもとは違うと気がつかないうちに差別していた俺は自らをもう後戻りできない、その手、であることを認めなければいけないのだ。
いつからだ。ドミニクを止められなかったさっきからか。
違う。カミュを逃がしたときか。違う。
エスパシオを守れなかったときからか。違う。
街道沿いでエルフを焼き殺したあのときからだ。あのたった一度の殺人で、俺はここに来る運命が決まっていたのだ。
殺してしまったエルフたちのために、それ以降は不殺を誓い、さらに和平を目指してきた。だが、それを免罪符にしようとしてきただけなのだ。自分の中の自分を許すため、自分は悪くないと言い訳をするために。
物事を前向きに、世界を平和にしようなどというのは、結局自分のためでしかないのだ。
自己中心的、自己保全のために世界に平和をもたらすなど、本当に意味があるのだろうか。どこかでこのくらいでいい、というブレーキがかかってしまうのではないだろう。
「何度も言いますが、もう立ち止るのは不可能です」
下を向いたままでいるとレアの声が聞こえた。
半端な覚悟で始めた和平への道を振り向きもせず進み続けて、気がつかないうちに深淵へと足を踏み入れていた。それなのに俺は逃げだそうとしていたのだ。来た道を戻ることができなかったので無理矢理横道に逸れた結果、ここへ俺はたどり着いた。
しかし、そこは自らの罪を受け入れるときだった。まるで蛇行した道を横切り、本来なら長い時間をかけて徐々に気づき、そして受け入れていくはずの地点へ近道をしてしまったようだ。物事の辛辣さに慣らしていくと言う過程を、逃げだそうとした罰として奪われてしまったような気分だ。