彼女の商量 第二十一話
「どうしようもない勇者たちを、知らぬ間に処分できてよかった。これで行く末のない彼らを迷わせずに済む。周りにも迷惑をかけなくて済むと、思ってはいませんでしたか? 過去の栄光にすがり続ける無能で人に迷惑かけるだけの元勇者が、どんな形であろうとも一人残らず片付いてくれて良かったって、思ってないとはっきり言い切れますか?」
楽譜に書かれないトランペットのアドリブで奏でられる音が止まったからだけでない。レアの何か本心を探るような問いかけは、俺の耳に馬鹿に大きく届いた。
テーブルに膝をつき顎を下げているレアは続けてそう尋ねてきたのだ。下向き加減の影で顔を見えづらくして、そのつぶらな瞳をこちらに光らせている。
曲と曲の間はほんの一瞬に過ぎないはずだ。これまで話をしながらも何度も繰り返していたギャップは、そのときばかりは彼女の言葉を理解するのに要した時間よりも長く感じた。
俺は思わず立ち上がり、レアの首元にくそっと掴みかかってしまった。もはや、曲が始まったか、どうかそれはもう聞こえなくなっていた。
そうだ。そう思っていたのだ。
認めたくないが、元勇者全員がいなくなってしまえば丸く収まるのではないかと少なからず思っていたのは間違いない。
ドミニクが目の前で撃ち殺されたときもそうだった。
目の前、ほんの五メートルも離れていないところで血しぶきの立つ殺人が行われ、自らにも近づいてきたその死の足音を聞いてしまったからこそ、路地の影の中、射程圏の境界線上であそこまで強烈な生存への焦燥感を味わい、そして怒りを瞬間的に爆発的に燃やしたのだ。
しかし、その後レアに捕らわれてからあの暗闇の中で比較的早く冷静になることができた。それは俺がこちらの世界に来て長い時間をかけて成長した結果、冷静さを早く取り戻せたからでは決してない。
もちろん、その暗闇で視覚という最大の情報源を遮断され、怒りの元凶から目を伏せられたので鎮められたわけでもない。そもそも迷惑な元勇者たちが殺された事自体への怒りが、殺人への憎悪を巻き起こし怨恨の炎をまき散らし続けるほどに高くなかったからに過ぎないのだ。
額に脂汗が浮かぶのがわかる。玉のようなそれは垂れて集積し、今にも鼻筋の横を垂れていきそうだ。
俺はこれまで人を殺せないと偉そうに喚き、エルフを殺したことを後悔し続けていながらも落ち着いていられたのは、迷惑な存在なら知らないところで死ねば良い、とその殺人を心のどこかで正当化していたからなのだ。
レアの細く小さい襟首を掴む手が震えている。
アニエスが慌てて掴んで膨らんだ前腕を冷たい手で包み込み、「落ち着いて! 過程はどうであれ、レアさんは私たちを助けてくれたんですよ?」と言いながらさらに身体を寄せて肩と右腕を優しく掴んで止めてきた。
「止めてくれるな、アニエス」
しかし、どうしても止めてはいけないような、いっそこの怒りをすべてレアにぶつけてしまったほうがいいのではないか。そう思ってさえしまった。