彼女の商量 第二十話
さて、商会は移動魔法を使える者の数も減ったので、それを機に移動魔法はすべて商会が管理していこうという“移動機会公平則”を考案しました。
具体的には『移動魔法は、移動に要する時間に必要以上に差を生み出してしまうので、公平性をもたらすための一元管理が必要である。そのため、移動魔法は商会に登録されたマジックアイテムのみによって発動されなければいけないと定める。それ以外の方法で発動され、その発動者が商会に非協力的な場合、もしくは公平性を著しく欠く場合は手段を問わず、回収もしくは使用不可能な状態にして良い』というものです。
政府や協会もそれには同意し、施行時点で保持している移動魔法用のマジックアイテムは商会からの貸与という形になることが決まりました。そしてそれが後期シグルズ指令と繋がっていきます。
イズミさんはカルデロンに協力的であり道具無しで使えるという点において“商会に非協力的な場合、もしくは公平性を欠く場合”に該当する事になりました。それにはともに行動しているアニエスさんも含まれることになりました。そして、ヤシマさんにイズミさんが移動魔法のマジックアイテムを渡していた情報を掴んでいたので、ヴァーリの使徒から比較的おとなしく後回しでいいと判断されていた彼も急遽対象になりました。
現時点で、フロイデンベルクアカデミアの一件(あなたたちのせいですよ!)で、商会と政府はあまり仲が良くないですが、元勇者の処遇についての見解は変わらずに一致していて、政府により処理が黙認されています。彼らが関与する事件に商会が絡んでいた場合はもれなく事故として処理されています。
ときには見せしめとして商会が関与したことにもしています。そして、タイミング良く内乱も起きました。おかげで手間が省けました。行方不明からの戦死扱いにすれば何の問題もありません。
「というのが、あなたたちがあちこちでヴァーリの使徒に襲われるようになった経緯です」
レアは一通り話し終えると喉が渇いたのか、紅茶を飲み干した。
ルカスがやたらとヤシマに固執していたのは、商会との移動魔法の取り合いがあったのか。
ヤシマが行方不明になっているとは一言も口に出さないのが怖い。もしかしたら、俺がうっかり何か言ってしまうのを待っているのではないだろうか。ヤシマがユニオン入りしてルカスの保護を受けているなどと言った日にはシグルズ指令が第四段階に突入しかねない。黙っておこう。
「だからアニエスも狙われたのか。移動魔法が使えるヤシマも。でも、レア君自身も道具無しで使えるじゃないか」
「いわずもがな私は商会の所属なので」
「まぁそらそうか。もう管理下にあるようなもんだもんな。でも、元勇者がしてることが傍迷惑だからって皆殺しにしちゃうのはどうかと思うぞ」
レアは突然黙った。
「本当に」
そして、逆光の中でテーブルに両肘をつき、組まれた手の上に顎を乗せた。そして、顎を引き覗き込むような視線をこちらに送りながら静かに言った。
「本当に、そうですか?」
そう尋ねてくると同時に、店内にかかっていたスロージャズの曲が終わり、次の曲までのギャップにさしかかった。