彼女の商量 第十七話
喧嘩別れの末に夜逃げ同然で新聞事業が頓挫してしまったので、元勇者たちは再び路頭に迷うことになりました。あの連中のことです。まやかしの成功の後に再び失職してしまい、反動でそれこそ何をしでかすかわかりませんでした。
政府は古典復興運動の後始末や共和国との和平交渉で手一杯であり、協会も金策に追われ政府との軋轢を深め、三機関は事後対応が後手になりつつありました。そこで比較的余裕があった商会は元勇者たちへの対応を買って出たのです。
そして考案されたのが、失職予定の勇者たちの中でも移動魔法を使える者たちのスカウトをすることでした。それが初期シグルズ指令です。初期とありますが、本来はこの段階で終わるはずでしたので、当時はただのシグルズ指令でした。
当然と言えばそうなのですが、商会が六月に勇者の立場を正式に廃止するという話を聞いていたカルデロンが黙っていませんでした。商会が勇者をスカウトしているという話が広まる前、つまり勇者失職辞令事前告知からシグルズ指令発令以前の間にはすでに秘密裏に勇者の保護を始めていたようでした。
ですが、あちらは私たち商会とは違い、移動魔法を使える新世代に限定はしていませんでした。おそらくですが、商会よりも寛容な姿勢を見せることで新世代の興味を引かせるつもりだったのでしょう。それに、当時のイスペイネは独立を画策中であり、はっきりとはしない段階でも自治領内は何かの気配に気づき活性化の兆しを見せていたので、働き手は足りなかったのでしょう。
その結果、イスペイネには数名の人材が流れてしまいました。ですが、彼らが非常にのんびりと時間をかけてスカウトをしているうちに、商会は破格の好待遇を元勇者たちに提示したので、スカウト合戦はやや商会が有利でした。
ときには、とある勇者とカルデロンがキューディラで話し合っている前で商会の条件を提示したこともあります。その勇者はそういう状況を作り出して自らのお眼鏡にかなうまでつり上げようと狙っていたのです。
しかし、移動魔法が使える希少な新世代勇者だったのでカルデロンも私たちも簡単には引き下がることが出来ず、互いにヒートアップしてしまいました。最終的に私たち商会についたのですが、今となっては思い出すだけで虫唾が走るような出来事です。
そういうことは商人同士ではよくあることですが、虫唾が走るようなことになったのはその勇者の人格的な問題だけではなく、状況が一変したからです。
ご存じの通り、勇者たちの特殊能力の消滅が起きたのです。私たち商会は“ブレイブ・ロスショック”と呼んでいます。