彼女の商量 第十三話
「そのために、ある程度の不平等が課されるが負うべき責任は個人レベル程度であり、その責任を負う行為は法によって庇護されている『自由』が、繰り返しになりますが、大事なのです。完全なる自由と『自由』を隔てるのは不平等です。不平等な天秤が責任の嵩を負うことで、『自由』は高く上がります」
おもむろに左肩を少し前に突き出し、
「それこそが私たちヴァーリの使徒の紋章である不均天秤紋の意味です」
と、左肩の腕章を叩いた。
太い金の線の中に不釣り合いな天秤の絵が描かれている。上品な素材でできていることからわかるように、レアの階級は南部前線基地で俺たちを取り囲んだ者たちよりもさらに上なのだろう。
アニエスはヴァーリの使徒の話が出てくると、左手の傷をさする癖がある。あのときは興奮状態であり気丈に振る舞っていたようだが、やはり怖かったのだろう。その使徒たちがどれだけ崇高なことを言っても、彼女を傷つけたことに対して俺は素直に、そうですか、それは素晴らしいですね、とはなれない。テーブルの下でアニエスが膝の上にのせて擦っている左手に手を伸ばして軽く握った。緊張のせいで汗をかいているのか、温かくて少し湿っている。
そして、話を一度止めて紅茶を飲んでいるレアに、「完全なる自由が欲しければ、与えちゃえばいいんじゃないのか? 生き死にも自由になって、死のうが生きようが完全なる自由の内にいたんだから、そこにいなかった人間には知ったことではないはずだし」と尋ねた。
聞かれたことがあまり良い物ではなかったようで、レアは「そう簡単にはいかないのです」と眉間に皺を寄せると首を少し傾けた。
「一人二人ならただの無法者として人知れずに処理されますが、彼らの組織は20人以上と大きく、名も知られていました。もしそこで完全なる自由を与えてしまうと、生存のために結束した末に犯罪組織にしかなりません。
完全なる自由は、全か無かでなければいけません。完全なる自由は一部の者だけに与えられてはいけない物なのです。というのも、完全なる自由と『自由』が同時に存在した場合、法で守られている以上の責任の所在が『自由』な方に偏ってしまうからなのです」
レアはとどまらずに話をさらに続けた。