彼女の商量 第四話
「全く……。なんでヴァーリの使徒勢揃いの話し合いの最中に出てこようとするんですか? ホント何から何までふざけまくりの存在ですね」
席に着くやいなや、レアは話を始めた。
そして、何かを注文をしたわけでもないのに、バーカウンターにいた初老の男性は紅茶二つとコーヒーを一つ、それからシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテを三きれ、フォークを横に刺し、その下に紙ナプキンを挟んで出してきた。
テーブルに皿をサーブしにきたその男性の襟の隙間からちらりと覗いた鎖骨や肩には、何本もの瘢痕の線が見えた。驚きに思わず目が行ってしまうと、男性とうっかり目が合ってしまった。しかし、右片方の目は動くことがなかった。気まずくなり、え、あ、と息が漏れたが、彼は何も言わずに去って行った。店のたたずまい、傷だらけの家具、それを誤魔化すように置かれた観葉植物、そして、傷だらけの男性。おそらく堅気の人物ではないのだろう。
しかし、アニエスは無警戒にシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテへとおいしそうな眼差しを向けている。異次元空間に長時間拘束されておなかも空いたのだろう。警戒すべきだが、彼女が食べやすいように俺はフォークを持ち上げた。
「警戒なさらないんですね」
するとそれを見たレアがすかさず言った。
「警戒すべきだけど、俺たち十時間ほど閉じ込められてたみたいで腹が減ってるんでね」
そう言うとレアは怪訝な顔をした。
「何を言っているんですか? あなたたちを閉じ込めておいたのはものの一時間くらいですよ?」
それを聞いてフォークが止まってしまった。
体感では十時間以上いた気がしたが、外ではあまり時間が経過していないようだ。しかし、それなら安心だ。まだクライナ・シーニャトチカ周辺にいるククーシュカを追いかけられる。
「ひとまずは安心してください。それにも飲み物にも少なくとも私は毒も眠り薬も入れていませんから」
だが、俺はそれを聞き終わる前にはすでにシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテの一部を持ち上げて口の中へと運んでいた。ココアの仄かに苦い味がするとやや酸味のあるサクランボの味がした。生クリームは妙に弾力があり、口の中に残るような感覚がある。
アニエスも俺に続いて食べ始めた。一口目は俺よりやや大きい。
話も聞かずに食べ始めた俺を見るやいなや、正面に座るレアは両眉を上げて呆れたような表情を見せてきた。
「出てくるのが早すぎです。ほとぼりが冷めるまで一週間くらいはいて貰おうと思ったのに」