過去と未来を紡ぐ場所 第十五話
「なにかしら、これ」
アニエスがつまむように手に取り、しげしげと見ている。それから尋ねるかのような顔をしてそれを手渡してきたので受け取ってよく見ると、半分あたりに切れ目があり、左右を引っ張ってみると二つになった。
一つは空洞で、どうやらキャップのようだ。もう一つは開いた先に穴があり、何かを差し込める構造だ。その穴の縁にピンク色の塗料が細い縞模様をつけていた。
「口紅……?」
アニエスはピンクのそれを見てぽつりとこぼした。口紅跡らしきものを辿って裏返しにしてみるとボタンがあり、それを押してみるが何も起こらなかった。だが、そのときに見えたロゴはどこかで見たことのある物だったのだ。
思い起こそうと目を細めてもう一度見返すと、それはなんと電子タバコだったことを思い出したのだ。だが、俺はタバコを吸わない。それゆえに電子タバコなどに見覚えは無いはずだった。
「なんでこんなところに?」
立ち上がり辺りを見回すと、今度はタブレットが浮かんできた。後ろにリンゴのマークがついていて、なじみ深い物であり、目の前まで漂ってきたので思わず手に取ってしまった。そして、表面に一つだけあるボタンを押すと、浅草の通りでサンバの格好をしてる女性の写真が写し出された。それを見た途端、落ち込んでいたはずのアニエスは目を丸くして大声を上げた。
「自称姉背中ニキビ淫乱おばさん!?」
思わずもう一度画面に視線を移しその女性の顔を見ると、確かにあの女神だったのだ。
何をしているんだあの人は! サンバの格好については不問に処す。いや聞きたくない!
だがそれよりも、一番最初に頭にぶつかった電子タバコはあの女神のものということになる。思わず吸い口の辺りを触ってしまった右手をズボンでぐしぐし拭いてしまった。そして、気がつけば、周りにはくしゃくしゃになった赤い丸の書いてあるタバコのケースやひん曲げられて使い物にならなくなったクリップ、チョコの包み紙、お煎餅のカス、空のライターなど様々な物が漂ってきたのだ。これはすべてあの女神の持ち物に違いない。
もしや、ここはあの女神のポケットとも繋がっているのではないだろうか。
「アニエス、ここから出られるかもしれない!」
よく考えもせず、可能性だけで声を上げてしまった。しかし、確信に近い物が俺の中にはあった。アニエスは混乱した様子で立ち上がった俺を見上げている。
「どうやってですか?」
「それはちょっと説明が難しい。けど、手を繋いでくれ」
そう言うと強く手を握ってきたので握り返した。だが、どうすればいいのだろうか。暑苦しいサンバ女神の表示されたタブレットを片手に目をつぶり、真上に向けて手を伸ばした。
すると、何か軟らかい物に右手先が挟まれた。なんだろうと握ってみると、
「っやん!?」
と艶めかしい悲鳴が聞こえた。そして、すぐさまその手を思い切り掴まれると、引っ張られるような感覚がした。
「んだ、コノヤロー! 最近流行のテッセラクト痴漢か!? とっ捕まえてやる! 出てこいオラァ!」
引く力は強くなり、やがて全身が狭いところに挟まれると真っ暗になったが、瞼の裏がすぐに明るくなった。ゆっくりと目を開けると、いつもの女神と目が合った。
「あれ? 何やってんの?」
女神に手を掴まれぶら下がりながら辺りを見回すと、いつもの暗闇の中の喫煙所にいたのだ。
物語を早く進めなければと最近焦りが強く、会話率が上がり説明不足の傾向が出ています。