過去と未来を紡ぐ場所 第十四話
やがて二人とも何も言わなくなると、風も吹かず微生物すらいないであろうこの空間は一切の音がしなくなった。鼓膜に沈黙が隙間無く張り付き、空気の振動を遮っているような感覚だ。
何か言った方が良いのだろうか。アニエスを抱き寄せたまま、話題を考えた。
特に何も浮かばない。彼女に対して無理にでも何か話題を持ち出して、生まれてしまった沈黙を打ち破らなければいけないという必要性に迫られる気は起きなかったし、それは彼女も同じはずだ。
しかし、今この場で俺たちを包み込んでいるこの沈黙は、それでは乗り越えられないかもしれない。白い空間とそこに点在する変化のない棚だけが見えている。視界は開けていても入ってくる情報が少ないと、自分の意識がどんどんと内側へと落ちていくのを感じるのだ。
前にも一度このような感覚があった。あれは確か、共和国金融省長官選挙のときだった。シロークの当選工作に忙殺されていた日々から他候補の策により突然遠ざけられて、自ら積極的に入れていった情報を得られなくなったときにもそうなった。
自分が自分であることを忘れることを普段以上に出来ず、その期間が長くなると自らのそれまでの行いは本当に正しかったのかと責め始めるようになるのだ。札束のインクの匂いにめまいを起こしていたときさえも愛おしいと思ったくらいだった。
そういえば、あのときはククーシュカに度の強いお酒を貰って紛らわそうともしていた。結局、彼女の持つ酒は、酒と言うよりもただのアルコール燃料に近かったので、出来なかったが。
ククーシュカか……。
もうこの空間でだいぶ時間が経ってしまった。俺たちを探してどこかへ移動してしまっただろうか。それともクライナ・シーニャトチカ南部でまだ律儀に待っているのだろうか。エルメンガルト先生の言葉も気になる。急いで会わなければいけないというのに。まいったな。どうし、
「イテッ」
突然、固い物が後頭部にこつんと当たった。
誰もいないはずで、俺たち二人以外そこにある物に力をかけられないので動くはずも無いにも関わらず、何かが頭にぶつかってきたのだ。
アニエスの方を見たが、隣でまだうずくまったままなので彼女では無いとわかる。
では一体誰が、石つぶてでも投げられたのだろうか、と誰かがいるわけもないとわかっていながらも後ろへ振り向き思い切りにらみをきかせたが、やはり誰もいなかった。
突然の痛みに反射で上げてしまった声に反応したアニエスが顔を上げた。そして、同じように振り向くと、足下の何かに気がついたのか、視線を落とした。そこには白いスティック状の物が落ちていたのだ。