過去と未来を紡ぐ場所 第十一話
「ごめん。何もわからなかった。それに」
映像が無くなると、座り込んでしまったアニエスがこちらを見上げた。そして、小首をかしげて疲れた表情で笑いかけてきた。
「嫌な物を見せた、なんて言わないでください。あなたは私のために見ようとしたのを、私が勝手に覗き込んだだけですから」と言うと、膝を抱えた。
「私はそんなこと、全然思っていませんから……」
そこに顔を埋めると次第に深く深く首を曲げて、やがて顔は完全に見えなくなってしまった。俺がすぐ隣に腰掛けると、抱えた膝ごとよりかかってきた。肩に手を回して寄せると震えだしたので、背中をさするようにしばらくそのままでいた。
だが、アニエスを慰めながらも、俺はすさまじい違和感に包まれていたのだ。
なぜモギレフスキー家の所有物がここにあるのだろうか。だがそれ以上に脳内に不協和音を鳴らすことがある。日記を開くことで書いてはいないはず火事の現場を見ることができた。これまでもそのようなことは、日記を映し出てきた過程で何回かあった。
しかし、よく考えれば、あの火事の現場に居合わせたなら、日記が今こうしてここにあるはずがないのだ。ここに存在していると言うことは、火災の直前に誰かが運び込んだに違いないのだ。
それこそが最もおかしいのである。
パン屋兼住居の建物すら焼失するほどの火災が起きて、さらにその後だいぶ経過して朝方にそこを訪れた俺たちの姿まで映し出していたのは、一体どういうことなのだろうか。この日記は火災の前に持ち出されてここに運ばれているので、ブルンベイクのパン屋の光景は映し出されないはずなのだ。
そして、引っかかるのはそれだけではない。
アニエスは黒い穴に取り込まれる直前に時空系魔法だと言った。もし、そうならここは時空系魔法の結果生じた空間であることは間違いない。レアは確かテッセラクトとか言う、ククーシュカのコートと同じような便利アイテムを持っていたはずだ。
テッセラクトそのものの姿を直接見たことはなく、どのようなものかはわからない。だが、レアは突然不釣り合いな大きさや重さの物をどこからか持ち出してきたことがこれまで何度かあり、テッセラクトから持ち出していたと言っていたこともあったのだ。
おそらくそれは鞄やリュックと言った具体的な物と言うよりも空間であり、俺たちはそこに放り込まれたのだろう。彼女は商品をそこに入れて移動をしていた。つまりここに並ぶ物はすべて彼女の商品か持ち物であり、巨大な倉庫なのだ。
テッセラクトを管理するレアは、場所や時間に関わらず、好きなときに好きな物をここから取り出せる。まるでどこかの青い猫のポケットのようだ。そして、過去をまるで手に取るように覗くことができた。そうすると、ここは四次元空間なのではないだろうか。
映画や創作で得た何となくの浅い知識では、高次元世界では時間的な移動を可能にしていたはず。三次元を生きる俺たちはそれに干渉することはできないが、見ることぐらいはできるのではないだろうか。