過去と未来を紡ぐ場所 第十話
アニエスは燃えさかる炎により消えていく我が家をその瞳に写し、瞬きをすることなく見つめていた。赤い瞳は照り返す炎によりいつも以上に赤く輝いている。向けられている視線には、綺麗な花や雪、草原を見るような穏やかさは全くない。
だが、復讐や怒りさえも無かった。我が家がなくなっていくことを目の当たりにした絶望に満ちているが、二度目を味わっている顔はどこか乾ききり、一度目のような感情の起伏を完全に失っている。打ちひしがれることに慣れているようなふりをしている顔だ。
打ちひしがれそうになったのは俺も同じだった。アニエスに辛い記憶を呼び戻させ、そして目の当たりにしなかった我が家の焼失を見せつけて絶望させた挙げ句、結局、何一つわからなかったのだ。
だた一つわかったのは、ブルンベイクを焼き払ったのは聖なる虹の橋の犯行であるが、実行犯がクロエではないと言うことだけだ。
黒フードの隙間から僅かに見えた口元は、どこかで見覚えのある口元だった。しかし、クロエは唇の右下にほくろがある。期待していたそれが見当たらなかったのだ。
アニエスは振り返ると猫背になり、何も言わずに映像の外へと出て行った。そして、離れたところでところで地面に座り込んだ。
まだ何かあるかもしれない。俺は止めることはせず、続きを見続けた。
立体映像の中でそれからも家は燃え続けて、パン焼き釜の最後のレンガも砕けてなくなった。運良く燃え残っていた最後の柱まで倒れると、それに続くように四方の壁が次々と倒れていき、開けた視界には燃えているブルンベイクの家々が見えた。見渡せるようになってしまった通りには、避難する村人たち、子どもから高齢者まで皆一様に、そして冷静に列を為して黙々と避難をしていた。
人々は完全にいなくなり、燃えさかる炎と崩れて行く村だけになり夜は更けていった。そして、村全体を飲み込んだ火災は収まり、燻る火以外の灯りは消えて暗闇に包まれた。やがて夜が明けると、細く立ち上る煙を僅かにゆらしてアニエスが現れ、俺が現れ、そして、あの村人の男が現れた。焼け跡で取り乱し、泣きじゃくるアニエスを俺は見ていられなくなったので、日記をそっと閉じた。すると映像は霧のように消えていった。