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過去と未来を紡ぐ場所 第八話

 それからいくつもの記憶を辿ったが、物の記憶というのは非常に曖昧だった。


 先ほど出てきた立体映像はそのページの持つ記憶だったが、別のページでは内容と一致しない映像が現れることもあったのだ。考えたとおり、日記に書かれていない事も映し出している様子だった。


 まだ歯も生えそろっていないアニエスがテーブルを思い切り叩いてスープ皿をひっくり返し、ダリダの引きつった顔の横で柔らかい離乳食が宙を舞うのを見てアルフレッドが爆笑しているシーンや、小さなポータルが開くと見たことのある右手が伸びてきて焼きたてのパンを一つ持って行こうとしたがダリダにそれを阻まれているシーンや、真っ暗なダイニングに隣の部屋から灯りが漏れている様子が延々と映し出されるだけのシーンなど、見ていて興味深いが探し求めていた物は一向に見つからなかった。


 加えて、日記は膨大な量なのだ。どうやら四十年前の出来事でブルンベイクに逃げてきてからのことがすべて書かれている様子だった。


 さらに、あまり時間をかけたくない。

 もちろんククーシュカの説得に早く向かいたいというのもある。しかし、それ以上に昔懐かしく、温かい家庭を克明に映し出す映像をアニエスに見せたくはなかったのだ。

 映像を見ている彼女はまるで行方不明になってしまった両親を懐かしむような、それでいて寂しそうで悲しそうな顔をしているのだ。もう戻ることはできない麗しき日々を心に刃物で刻みつけて、両親がいなくなってしまったことをより鮮明に植え付けてしまっているのは確かに辛いが、それ以上に、精神的にも肉体的にも側にいるだけでは彼女のつらさを取り除けない虚しさが俺自身には辛かった。


 それでも俺は止めようとはしなかった。本当にいなくなったのか、言葉にはしなかったが、ダリダとアルフレッドは死んでしまったのか、俺はそれが疑わしかった。生きていて欲しいという、単なる願いの延長なだけかも知れないが、死んでしまってはいないような、そんな気もするのだ。


 傍で見ているアニエスは必死な俺の愚行を手伝いはしなかった。しかし、止めようともしなかったのだ。服の裾を皺が残るほどに強く掴み、下唇を噛みしめて何かを堪えるようにしながら、現れては消えていく立体映像を絶えず見つめ続けていた。


 おそらく、彼女もその真実から逃げようとはしたくなかったのだろう。


 それから、二時間が過ぎ、三時間が過ぎ、何時間も無数に繰り返したランダムの記憶をたどり続けた。その何十冊にも渡る膨大な記憶の森への彷徨半ば、まだ半分も見ていないときだった。


「止めて!」


 アニエスが突然叫んだのだ。

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