過去と未来を紡ぐ場所 第七話
日記には、アニエスはテーブルの下に隠れた、とまでは書いていなかった。だいたい日記というのは、書いているうちに空想を盛ってきてしまうことがあるし、よく覚えている象徴的なことしか書かないこともある。つまり、ダリダの日記に記された文章は、その日のすべてのことを書いているわけではないのだ。だが、立体映像は有りの侭を映し出し、文字情報よりも正確なことが記録されているのだ。
そして、物の記憶なので、紙の一枚、その上品な革の装丁に至るまでは日記には書かれないすべての時間を見通しているはずなので、映し出す立体映像はページの内容だけでは無いかもしれないのだ。
それに俺は一つの可能性を見いだした。それが頭に浮かんだ瞬間、すぐに俺は本棚からカビと埃の匂いの染みこんだ古い物から順に日記を持ち出し足下に積み上げた。
「な、何してるんですか?」
突然日記を漁り始めた俺をアニエスが怪訝に覗き込んできた。
「他のも見てみよう。その場にいた物の記憶なら、もしかしたらあのときの様子がわかるかもしれない」
アニエスは俺の提案を聞くと、目を開き肩をすくめた。やはり思い出したくないのだろう。心配りが足りないようなことを言っているのはわかっていたが、俺は自分を止められなかった。
「あのとき、って、ま、まさか、あの火災のときですか?」
震える様な声でそう囁いた。だが、俺は大きく頷いた。当日の直前に何があったか知ることができれば、何か変えられるかもしれない。そう思ったからだ。
「アニエス、君は辛いかもしれないから見なくてもいい。でも、俺は探し出すよ」
積まれた日記が一冊、膝ほどの高さに積まれた山から落ちた。
そして、小さく跳ねる背表紙が落ち着き無造作にページが開かれると、これまでと同じように立体映像が浮かび上がった。
アニエスが学生時代のときのものようだ。白いブラウスに濃い紫のネクタイ、その上に羽を広げた孔雀をモチーフにしたエノレアの刺繍が施されたピーコックブルーのカーディガンを羽織っている。冬季の長期の休みに入り、アニエスが寮から戻ってきた日の家族団らんの最中のようだった。見ようと思ったものではなさそうなので、落ちた日記を閉じようとそこへ近づいた。
日記を持ち上げようとしたそのとき、ふとダリダがこちらを向いた。見えていないはずの俺たちを見ているかのようにこちらを向き、ダリダと目が合ったような気がしたのだ。焦点は無限遠では無く、ここにいる俺を真っ直ぐ見据えるようにあっている。
しかし、すぐさま視線は離れると、ダリダは何事も無かったように口を押さえてアニエスと若いアルフレッドと笑いあっていた。
その笑顔は、最初に見たときよりも嬉しそうな顔に俺の眼には映った。